No.4, No.3, No.2, No.14件]

 教室を見回したときにふと目に入った落とし物のハンカチ。それはそれはかわいらしくて、さすがに女の子の落とし物であると検討がつく。佐伯くん!と背後から呼ばれた声になるほどやはりこのハンカチの持ち主で、ありがとうなんてほんのり頬を染めて受け取って行ってしまった。頬を染めたところで俺には何もできないよ。そう思いつつ自然と下がる眉は相変わらず、俺は何もなかったのように席へと戻る。もしあの落とし物が彼の、亮のものだったら。そう想像したときに、いや、とかき消す。そんなことを思ってしまうからいけないのだ。現実から背けるように、授業開始のチャイムに意味もなく耳を傾ける。無機質な音が、鼓膜を響かせた。

 昼休みになったとき、俺は先生の手伝いで廊下に出ていた。見覚えのあるものが落ちていて、多分それは亮のものと思われるハンカチで。トイレに行った時にでも落としたのだろうか。まさかほんとに、こんなことが起こるとは。今亮はどこにいるのだろう、と思うが探す気にもなれない。ただ今はぼうっとするだけで、つい先ほどのことがフラッシュバックする。頬を染めた彼女。亮は男で、俺をそんな目で見ていない。そう考えると、自然と眉は下がり、自分がおかしくて無情にも笑ってしまう。当たり前だろう、彼はそんな風に俺に興味を示していない。そう心の自分が言っているようで、なんだか胸がきゅうと締め付けられた。亮にあったときに返さなければと思いつつ制服のズボンにつっこみ、何もないという顔で歩く。教室へ戻った時にクラスメイトがお前顔色悪そうだけど、と指摘をしてきたのに対し大丈夫だよとなるべく悟られないように言葉を返す。なにもしていないのにまるで振られてしまったような気持ちに気づかぬ間になってしまっていたかもしれない。表情に出すなど、笑わせる。次の時間の準備をしつつ、微かに俺はまた、眉を下げて笑いをこぼした。

 確かにこの世は素晴らしいと思うが、しかし時として世の中は残酷だと思う。俺はこんなに思い詰めているのに、きっとこの気持ちを露わにしたときに亮はあっさりとごめんの三文字を躊躇いながらも吐き捨てるのだろう。それを思うと窮屈に感じる。世の中とは、人とはあっさりと人の心を無下にする。しかしそんなことを考えてしまっては自分勝手でしかなくて、相手の気持ちなど考えてもいないことと同等なのだ。

「そういえば、このハンカチ亮のじゃない?」
「あっ本当だ」

 落ちてたよ、というとありがとうと返ってくる。やはりあの女子生徒のように頬は染めることはなかったが、微かに感謝を滲ませた笑みがこぼれていて、俺は予想外だったなと素直に思った。今日の授業も退屈だった、今日のメニューなんだっけ?なんていうたわいもない話をして部室へ向かう。その横顔はいつも通り帽子のかげに隠れ、何を考えているかもわからない。俺は、何がしたいんだろう。亮をこんな風にみて、俺は、一体。

「サエ」
「ん、なに」
「今日、顔色悪いけど」

 大丈夫?と柄にもなく心配してくる亮に大丈夫だよと言いたかった。亮は意地悪だなあ。眉を下げて笑う俺に、はあ?親切の間違いだろと理不尽だとでもいいたいかのように言葉を投げる。亮はさ。なんだよ。好きな人とかいた時ある?そう聞くと、興味を示してなに、お前好きな人できたの?と聞いてくる亮はさっきとはまるで違う雰囲気をまとっている。そんな亮を制止させ質問を問うと、あるけど今は別にと答えを出した亮に対し、そう、とだけいって歩みを進める。亮は俺に好きな人がいるのかいないのかに興味をもっていかれているらしく、執拗に聞いてくる。亮がこんなに必死になって聞いてくるのが珍しくて面白い。

「いるけど、教えない」
「ふーん、まあ、そうだよな」
「きっといったら終わるからね」

 それってどういう、という亮をスルーし今日アサリの味噌汁のみたいなあと呟く。樹っちゃんに頼んでみようなんて考えて、亮のことを呼ぶ。なに、と返してきた亮に不意打ちで口づけをしてやる。お前ふざけるのも大概にしろよという亮に投げかけるのだ。ほらね、終わっちゃった。これまた亮は呆然と、しかしインパクトはあったらしい。彼の頬はほんのりと、赤く染まっていた。それをみて俺は口元が緩み、隠すように部室へと歩みをすすめるのだ。でも頭を冷やし考えれば、なんだただの条件反射にすぎないではないかと思い至る。本当に馬鹿だなあ。そして俺はまた、眉を下げ笑うのだ。

9月 19, 2013 / joy

 ああいらいらする。なんでこんなに今日はいらいらするんだろ。別になにがいやだとかそういうんじゃない。いや、俺が気づいてないだけなのかな。とにかくいらいらする。あーあどうしてくれんのこの気持ち。

 俺は自分の席に座り眠りにつこうと体制を整える。いらいら、いらいら。なんでこんなにいらいらしてるのか自分でもわかんないから寝ることにした。ほんとなんなんだろ。そしたらあまりにも周りがうるさいからガタン!とわざと音を立てて教室を出てやる。はは、みんなして驚いた顔して、ばっかみたい。俺はそう顔で告げて屋上へと向かった。

 屋上は嫌いじゃないしむしろ好き。世話を任されている花々は綺麗だし、人少ないし、くる人もだいぶ限られてくる。でも今日はちがう。今日の屋上は嫌い。目の前で繰り広げられる寸劇。男子生徒が一人と女子生徒が二人。コイツはあたしの彼氏なんだよなんていかにもいいそうなチャラチャラした片方の女子が気弱な女子に対してガンつけていて残った男子生徒はどうしたらいいかわかんない表情、要するにいかにも割り込んだらめんどくさそうな類のやつ。なんだよせっかく屋上でゆっくりしようと思ったのにこいつらのせいで台無しだよ。仕方なく影に隠れて狸寝入り。あーあもうやんなっちゃうな。この訳のわからないいらいらと目の前の寸劇何もかも全部がいやになる。気づいたら本当に寝てしまって次の授業はサボる形となってしまった。やっちゃったな、と思うけどどうでもいい。今は気分を落ち着けることが先決だ。

 さすがに授業は受けるのか既に目の前の寸劇はなにもなかったかのように人っ子一人いない。ひとりだけのこの屋上で、もう思い出せないと思いつつ考えたんだ。俺なんでこんないらいらしてるんだっけ。いつから?たぶん、昨日だ。朝も寝起きが悪かった。そう考えた瞬間、思い当たるものを思い出す。昨日の放課後。帰り道。丸井が告白を受けていた。あー確実にこれだと思い起こしてくだらないとひとり愚痴る。だって、まさかいらいらの理由が思いを寄せている相手が告白されてたからとか、すごい恥ずかしい。しかも相手丸井だし。そういえばなんで丸井なんて好きになっちゃったんだろ、自分でもわからない。でもどこか惹かれるんだよなあ、とあの笑顔を思い出しながらふふ、と笑みがこぼれる。なんかいらいらしてたこともどうでもよくなってきてしまって、改めて恋というのはすごいと思った。でもやはり丸井が告白されてたのはいただけないなあ、受けたのかな。まああの女の子ちょっとかわいかったし受けたかな。そんなことを考えていたら影から俺を呼ぶ馴染みのある声。幸村くんなにしてんの。丸井だ。なんでこういうタイミングでくるかなあ、ほんと空気の読めないやつ。

「ああ、丸井か。別になにもしてないよ」
「何もしてないってことはないだろい?」
「ほんと、なにもしてなかったって」

 強いて言うならサボってたってところかな。そんなことをいっててきとうにごまかす。ごまかすというか、事実だから別に俺は間違ったことはいっていない。へえ、なんか意外。そういって俺の隣に座る丸井を横目に、自分の脈拍が早くなったことに気づく。そして落胆。チームメイトに対してこんな感情抱くなんてほんと無様というかなんというか、まあ真田とかじゃないだけまだいいか。しかしほんと、さっきも思ったけどなんで丸井なんだろ。解決させた話題のはずなのに、結局納得がいかなくてもう一度掘り起こす。改めて隣に座っている丸井の横顔を見た。意外と長い睫毛、綺麗に染められた赤髪。かわいらしいけど、男であることを感じる。みていたら、なんとなく甘そうだと、思った。丸井は甘いものが好きだから甘そうとか、そういうんじゃなくて。元から骨の髄から甘そうだと思った。

「丸井はきっと食べたらゲロ甘だろうね」
「は?何言ってんの幸村くん」
「いや、こっちの話」

 そういって丸井に不意打ちで口づけをくれてやる。触れるだけだったのに溶けそうなほどに甘い気がした。唇が離れたときの丸井の驚いた顔ったら本当笑うしかない。その顔を見てしたり顔をする。ほら、やっぱり丸井はゲロ甘だよ。そしたら顔を真っ赤にして幸村くんの馬鹿!なんていうもんだからたまったもんじゃない。嫌だった?と問うてみる。嫌じゃない。とぎれとぎれでとても小さな声だったけど、確かにそう聞こえて俺は心の底から嬉しい気持ちがこみ上げてきて、ふわふわと宙を舞う。幸村くんも甘いよ、ゲロ甘。なんだ、人のことはいえなかったみたいだね。でもこれは今だけで、結局片思いのままだ。ていうかまず本当に受けたのかな。つーかまず告白じゃなかったらどうしよ、俺超恥ずかしい。ねえ丸井。なに、幸村くん。お前昨日告白されてたんじゃないの。

「ああ、断ったよ」

 だから、気にせず幸村くんでいっぱいにして。柔らかい、丸井の笑顔。俺はこの笑顔が好きだ。そして俺はもう一度、目の前の想い人にキスを送る。なんとなくだけれど、なんで丸井が好きなのかわかった気がしたんだ。このまま俺は嫌なことなんて本当になかったかのように、恋に陶酔していくんだと思う。それもまた、悪くないと思った。

4月 14, 2013 / ごめんねママ

 自分、うっといねん。

 そんな言葉を同じクラスで同じ部活仲間で仲良くしとった奴に言われたんはつい先日のことだった。そのせいで今日はなんだか気まずいままに一日がすぎてしまった。ベッドの上、俺は宙を仰ぎながら考える。普通にすごしていて、確かにみんなは優しい。でも白石のいうとおり俺は元気通り越してうっといからもしかしたらみんなに嫌われてるかもしれん。少しそれを考えて、ぞっとする。もしもの話を考えるのがこんなに辛いなんて思ってなかった。まあ、部活にいる生意気な後輩は思っていそうだけど。実際親友に言われるのはなんか言葉が重たくて、ついにはこんなことまで考えてしまうんだから、やっぱり自分的にこたえているんだと認めざるを得なくなる。現実と向き合うのが怖くなって、俺はそのまま目を閉じた。

 朝の日差しが窓からはいり、朝なんだと認識させられる。学校へ行きたくないし、まず腹痛と頭痛がしていけそうになかった。重たい体を無理やり起こして今日は調子が悪いと親に伝えると、ちゃんと寝てないとあかんでといって出かけて行った。なんでも今日はお友達と一緒らしい。行き先も聞いた気がするけど聞いてられるほど元気はなかった。白石たちは今頃、授業やろか。あんな風に突き放されたことをいわれて、昨日あんなに酷いことを想像してしまっても、こんなにも考えてしまうんだから、つくづくみんなのことが好きなんだと思った。もちろん、白石も含めて。なにも食べる気も起きないのでそのまま自室に戻りベッドに戻る。今は、昨日よりも深い眠りにつけそうな気がした。


 夢を、みた。教室で俺たちは椅子に座ってて、白石が目の前の椅子の背を前にしてこっち向いて喋ってる。謙也、すきやで。綺麗な笑顔と一緒にそんなことをいう白石は、なんだか白石じゃないみたいだった。白石は俺にそんなこといわへんから、あ、嘘か、と思った。夢でもこないな風にズタズタな気持ちにされるのであれば俺は寝ずにそのまま死んでしまいたい、と思った。俺こんなに白石のことすきやったっけ。知らんかったなあ、とつくづく思う。白石、と呟いたとき、生温かいものが頬をつたった気がした。そのとき、ダイレクトに響く声。

「謙也」

 目をゆっくり開ければ、そこには先日うっといといった親友の姿だった。なんで、と問いたくなった。相変わらず頭痛はひどいし腹も痛い。それでも俺は脳みそを無理やり動かしてでも考えた。お前、俺いなくて清々したんとちゃうの。そういいたかったけど、声はつぐんだまま。こわかった。親友の姿が、こんなにこわいと思ったことはないかもしれない。何かいわなあかん、と思っていたときに白石が口を開いた。

「体調」
「へ、」
「体調、大丈夫なん」

 そう聞かれて、あ、え、とどもりつつもあんましよくないと応える。白石は、そか、と短く返して、俯いてしまった。こんなに心配してくれているような言葉も本当か嘘か、やっぱり、嘘なんかなあ。そう考えると悲しくなってきてみぞおちの部分がきゅう、とする。考え込みすぎなんだと思うけど、やっぱりこの親友のこととなるとどうしても考え込んでしまう。今の一つ一つの動作だって、言葉だって、なんだって。失いたくないから余計なんだろうけれど。

「なあ、白石」
「…なに」
「なんで、見舞いきてくれたん」

 俺は勇気を振り絞って、聞いた。これが聞けなきゃ話は始まらないと、思った。白石はどう思ってるだろう。愚問だと思ってる?その言葉さえも、うっといと思っとるんかなあ。体調が優れないのも手伝ってか、考えれば考えるほど悪循環だ。白石は表情を変えない。俺が気づいてないだけかもしれないけれど。なあ白石、お前俺を、どうしたいん。そのとき、急に白石がぐいっと俺の腕をひっぱった。その瞬間に感じたのは唇のやわらかい感触。そしてそれは、一瞬のうちで、すぐになくなる。

「しら、い、し」
「俺な、」

 謙也の歪んだ顔が、すきやねん。
 それをいわれたとき、は、と大きな息と一緒に出すことだけで、精一杯だった。おれの、ゆがんだ、かお。反芻して、俺はつぶやく。そう、謙也の泣いた顔、怒った顔、凄く嫌そうな顔、どれもこれも、全部すき。そういった白石の顔は、とても歪んだいびつな笑みだったと思う。俺は親友のことをなにも知らなかったんやなあ。でも、そんないびつな愛情でも受け入れようとしている自分は、多分もっとおかしいのだろうと、相変わらず頭痛で熱をもった頭を絞り出して思ったのだった。

4月 05, 2013 / joy

 目に見えたものが消えてしまうのはとてもこわいものだ。しゃぼん玉のようにぱちん、ぱちん、と消えてしまう。そこには何もなかったかのように何も残らない。しいていうなら虚無感だけが残るのだ。そして、そんなしゃぼん玉と同じように、目の前の親友という存在も消えてしまうのかと想像したら、自分の想像以上に心は寂しくなった。なんだ、思った以上に自分は脆く出来ている、ちゃんと人間らしいところもあるものだ、なんてのんきなことを思う。そうして苦しくなって、人間は正しくできていくのだ。

 目の前の親友を割れ物を扱うかのようにただただ想い続け、そんなこんなで生憎俺はもうそんな真っ当なものへ戻れたものじゃないかもしれないけれど問題はない。なんていったって俺たち親友、それだけで十分じゃないか。謙也、お前が思いつめることはなにもあらへん、苦しくなるんは俺だけで十分や。そう胸に誓ってこれで2年と何ヶ月。相変わらずヘラヘラと、それでもって無邪気に健気にきらきらと笑っている想い人である我が親友は何も知らずしてずっとこうして俺の隣にいる。でも、それだけで本当にいいのだ。だって本当のことをいったら全部無くなってしまう。それだけは嫌だ、と奥歯を噛み締めずっとずっとこの2年と何ヶ月を一緒に過ごしてきた。そのおかげで、ずっと俺の心臓は、窮屈なままだ。

「…ふふっ」
「何や謙也あからさまに、きもいで」
「うっわヒド」

 ホントのこと言うただけや、といつも通り平坦な声で俺は言う。それでも謙也はずっとにこにこ笑っていて、傍から見たらどうしたん此奴マジできもいわと言わんばかりの笑顔だった。ただ、俺にとってはきらきらとした眩しい笑顔で、ええことあったんやろうなあと上の空に考える。テストの点数がよかった、新しいラケットを買ってもらった、もしかして好きな子に告られた?なんや俺にとってはあんまり得せえへんことばっかやなあ、と自分で考えて終わらせる。それでも俺は謙也が笑顔ならそれでいい。例えほんとに彼女ができたとしても、彼が幸せなら俺も幸せなんていう本の中の物語のような薄ら寒いことを胸に抱いて、俺は自分の生暖かい気持ちの悪い想いをずっと大切にしていこうと思う。謙也を好きになったということを、忘れたくない。好きだという気持ちがあったということが俺は大切だと思うから。実際、だから平気でいられるのだろう。この二人いるのに一人きりのような、生きているのに死んでいるような、この状況を。

「幸せやなあ」
「は?」
「だって、俺今すっごい気持ち高ぶってんねん」
「なんで」

 それは俺が白石の隣に今もこうやっておるからや。
 目を見開く。心臓がどきん、として、それと同時にえぐられたような感じがこみ上げる。なあ、なんで今そんなこというん。自分、俺の気持ちわかってへんやろ。だからそうやって簡単に。それもまたきらきらした笑顔でいうものだからほんとに此奴わかってないんやろなあとしか思えなくてまた苦しくなる。また俺の心臓は、窮屈になった。

12月 14, 2012 / joy