No.31, No.30, No.29, No.28, No.27, No.26, No.25[7件]
カイルに好きだっていうたびにはいはいとてきとうにあしらわれて幾度目、俺は本気だよっていうと彼女がいるのに本気になるなよと冷たい目であしらわれた。俺はてきとうなんか言ってなかった。カイルの呼ぶ声はいつも特別だったし、持ち前のキレた頭が活躍したときは誇らしかったし、カイルが隣で笑ってるのは嬉しかった。なあ、俺はさ、カイルが俺にとって特別であってほしくてさ。
僕に好きだと言うくらいならウェンディにフェイスタイムでもなんでもしてやれとカイルは言う。正論だ。カイルはいつも、大体正しかった。でもそういうときほんの一瞬、ほんのわずかだけ覗く(ほんとうに、ほんとうにわずかなんだ)落ち着いた目線ににじむ拗ねた様子がお前のほころびみたいで、俺は、少しうれしいって思っちゃうんだよ。
5月 08, 2024
スタンは気づいてないみたいだけど、想像しているより早く僕の方に限界がきた。例えば僕が永遠に親友として君の隣りにいるとして、刻一刻と僕の中にあるこの正しくないものがウイルスみたいに蝕んで、いつのまにか僕を覆い尽くすだろう。体内細菌と同じだよ。まるで僕のような顔をした何かが僕の身体を動かすんだ。それってものすごくぞっとするほど恐ろしいことだよ。だってそれって、僕のようであって僕じゃないじゃないか。だけど残念ながら、細菌と同じ、いやそれ以上に、その正しくないものは僕のもので、僕そのもので、僕もそうであることに自覚的だった。
君の隣で親友の顔をする。それは僕の喜びで、君の喜びだった。僕の心にあるこの邪魔なものを切り取れたらいいのに。そうしたら、きっと間違いなく、君の隣で正しい親友でいれるから。
正しい街 / 椎名林檎 より
5月 08, 2024
ボクのからだが死んでしまって、ボクのからだはうまれかわった。電子の世界で構築されたボクのからだが、キミと並ぶことは当然なく、それでもボクは「光彩斗」で、ボクは「ロックマン」だった。熱斗くんに話していないボクのひみつが、時折データの欠陥のごとく思考をよぎっては、隙間風が入るようなそんな気分になる。「さみしい」のかもしれない。口から出そうになることは一度もなかったけれど、一人のとき、時折そんなことを考える。ボクがこうしてうまれかわって、大事な時間を一緒に過ごしているだけで「うれしい」、それなのに、欲張りな自分が少しだけ顔を見せて、同じように隣に立ちたかったとささやいている。ボクが「光彩斗」として、ありのままのすがたで。キミと並んで過ごす時間は、いったいどんな景色が見えるんだろうね。
熱斗くん、朝だよ、遅刻しちゃうよ。そう呼びかけると、眠たげな熱斗くんがおはよう、ロックマンと言った。それでよかった。ほら、いつも通りの一日がはじまる。
nowhere / [.que] より
5月 14, 2023
子供のこころの成長は存外早いものだ。ハルトが固い表情で自分の手を掴んできたり、背後から抱きしめるようになってきた。挙句の果てにはぼくはグルーシャさんのことが好きですと言ってのけた。ぼくは彼くらいの年の頃、これくらいマセたようなことを言っていただろうか?スノーボードに夢中で、それどころではなかったかもしれない。とにかく、事態を納めるのが急務であることだけはわかっていた。ハルトの好きがまっすぐに届くたびに痛みを感じるけれど、ぼくはハルトを守ってやりたかった。慈愛なのか、それとも。そんなこと考えなくたって答えは出ている。ぼくは大人として、きちんと分別がついていることを演じなければいけなかった。ハルトが思っているほど、世の中はやさしくない。ぼくはハルトの必死な手を握り返さず、抱きしめられた腕をやさしくほどいた。すべての行動が、ハルトも、ぼくの心さえもナイフで傷つけられていくようだった。血だらけのぼくたちに、ここは寒くて痛くて、たまらないね。せめてぼくの正しい部分が、彼の手を取り、あたたかな場所へと導いてあげられるように。傷口に冷たさがしみる。こんな思いをするのは、ぼくだけで良いんだよ。
4月 17, 2023
横たえたNの身体をじいと眺める。Nはぼくの目を見つめて、はっきりと、大丈夫だよ、と言った。ぼくがNのことを、いわゆるそういう感情で見始めたのはいつだっただろう。そこに境界線なんてなくて、曖昧にぼやかされながら、ゆっくりと変化していて、気づいたらぼくはこんなところに立っていた。いや、立ち尽くしている、のかもしれない。震える手を動かして、Nの心臓の部分に手をあててみたら、とくとくと、静かに振動が伝わってきた。肌にふれたら、もっと大きな振動が伝わってくるのだろうか。ずっと考えてきた。ぼくがこれからキスをして、直にふれるときに大切ななにかを壊してしまうんじゃないかって。まるで心臓を直に掴まされていて、あっという間につぶしてしまうような、そういう緊張感をずっと抱いている。どうしよう、N、ぼく。ぼくはNがNでなくなってしまうのが嫌だった。遠くでNがぼくを呼ぶ声が聞こえる気がする。ぼくたちずっと、まどろみの中にいたのに、きっとキスをしたら、目が覚めてしまうね。それに気がつくと、ごめんね、と呟いて、ただきみのことを抱きしめた。意気地がないのかもしれない。それでもよかった。もう少しだけ、きみと一緒に、夢の中で。
ユーエンミー / 理芽 より
4月 17, 2023
ある花が木に咲いた頃を、出会いや別れの時期と呼ぶらしい。シキジカがはるのすがたをしているのをみたとき、ぼくはその話を思い出して、あのときのサヨナラが脳裏をよぎる。サヨナラ、と次に言う時はいつだろう。花が咲いて緑がたくさん芽吹き、やわらかな風が吹く、ぼくらでいうところの春の時期、ぼくらはお別れをして、いつかまた出会えることを願って守れるかもわからない約束をするのかな。いつまでも一緒なんじゃないかって、勘違いをしてしまいそうになる。ぼくらに限ってそんなこと、あるわけないのにね。ねえN、もしサヨナラをして、これからずっと会えなくても、笑っていてね。ぼくは自分で思っているよりずっとおだやかだった。なにもかもが変わってしまっても、きみのやさしさだけは変わらないってわかっていたから。花びらの乗った風につつまれて、きみの面影を思う。離れた場所できみのことを思い出したら、ぼくもきっと、やさしくなれるね。
エイプリル / mol-74 より
4月 03, 2023
ダイゴさんがオレを呼んで、笑いながら近づいてくるとき、なんでオレに構ってくれるんだろうなって、そんなことを考えてた。ダイゴさんって、すごく忙しい人なんだ。オレがわかんないような話もたくさんするし、仕事であちこちに出回ったりしてる。それでもこうして合間を縫ってオレについてきてくれるのが、たまに不思議でしょうがなくなる。オレは楽しいけどさ、多分ダイゴさんから見たオレの楽しいなんて、これっぽっちも楽しくなくて、きっと全部、子供騙しに見えてるんじゃないかって。別にダイゴさんがそう言ってたわけじゃないけど、普通、そう思うだろ?きらきらした大人の世界にいるダイゴさんを考えるたび、あー、ぴったりだなって、そう思う。石の話をしてる時のダイゴさんは、ちょっと違うかもしれないけど。とにもかくにも、自分と同じ隣を歩いて、同じ目線で話をしてくれるのが、なんだか変でしょうがない。オレと一緒になって泥だらけになって笑っていたのを見た時、いつもの服がぐちゃぐちゃで、少しだけ居心地が悪くなったのを覚えてる。ねえダイゴさん、どうしてオレと一緒にいてくれるの?そんな質問もできないまま、今日はなにをしようかって笑いかけるダイゴさんに、オレは相変わらず、いつもの小さな世界を見せることしかできなかった。
3月 27, 2023