No.1

 目に見えたものが消えてしまうのはとてもこわいものだ。しゃぼん玉のようにぱちん、ぱちん、と消えてしまう。そこには何もなかったかのように何も残らない。しいていうなら虚無感だけが残るのだ。そして、そんなしゃぼん玉と同じように、目の前の親友という存在も消えてしまうのかと想像したら、自分の想像以上に心は寂しくなった。なんだ、思った以上に自分は脆く出来ている、ちゃんと人間らしいところもあるものだ、なんてのんきなことを思う。そうして苦しくなって、人間は正しくできていくのだ。

 目の前の親友を割れ物を扱うかのようにただただ想い続け、そんなこんなで生憎俺はもうそんな真っ当なものへ戻れたものじゃないかもしれないけれど問題はない。なんていったって俺たち親友、それだけで十分じゃないか。謙也、お前が思いつめることはなにもあらへん、苦しくなるんは俺だけで十分や。そう胸に誓ってこれで2年と何ヶ月。相変わらずヘラヘラと、それでもって無邪気に健気にきらきらと笑っている想い人である我が親友は何も知らずしてずっとこうして俺の隣にいる。でも、それだけで本当にいいのだ。だって本当のことをいったら全部無くなってしまう。それだけは嫌だ、と奥歯を噛み締めずっとずっとこの2年と何ヶ月を一緒に過ごしてきた。そのおかげで、ずっと俺の心臓は、窮屈なままだ。

「…ふふっ」
「何や謙也あからさまに、きもいで」
「うっわヒド」

 ホントのこと言うただけや、といつも通り平坦な声で俺は言う。それでも謙也はずっとにこにこ笑っていて、傍から見たらどうしたん此奴マジできもいわと言わんばかりの笑顔だった。ただ、俺にとってはきらきらとした眩しい笑顔で、ええことあったんやろうなあと上の空に考える。テストの点数がよかった、新しいラケットを買ってもらった、もしかして好きな子に告られた?なんや俺にとってはあんまり得せえへんことばっかやなあ、と自分で考えて終わらせる。それでも俺は謙也が笑顔ならそれでいい。例えほんとに彼女ができたとしても、彼が幸せなら俺も幸せなんていう本の中の物語のような薄ら寒いことを胸に抱いて、俺は自分の生暖かい気持ちの悪い想いをずっと大切にしていこうと思う。謙也を好きになったということを、忘れたくない。好きだという気持ちがあったということが俺は大切だと思うから。実際、だから平気でいられるのだろう。この二人いるのに一人きりのような、生きているのに死んでいるような、この状況を。

「幸せやなあ」
「は?」
「だって、俺今すっごい気持ち高ぶってんねん」
「なんで」

 それは俺が白石の隣に今もこうやっておるからや。
 目を見開く。心臓がどきん、として、それと同時にえぐられたような感じがこみ上げる。なあ、なんで今そんなこというん。自分、俺の気持ちわかってへんやろ。だからそうやって簡単に。それもまたきらきらした笑顔でいうものだからほんとに此奴わかってないんやろなあとしか思えなくてまた苦しくなる。また俺の心臓は、窮屈になった。

12月 14, 2012 / joy