「わーーっ!」「うわあっ」寮内の一部屋へと入ろうとした途端、中から突如として放たれた大きな声に驚いて扉の外へうっかり逃げてしまう。すると、し、指揮官さん!? と佐海くんの驚いたような声が中から聞こえてきた。入っても平気か聞くと、歯切れ悪く答える側で、いいじゃん! 指揮官さんにも見てもらいなよ、と倫理くんの声も聞こえてきて、似合ってるから大丈夫、それはそれで問題だろ、とあれやこれやと会話が次々と飛び交った。どうやら中にいるのは一年生らしい。「本当に入って平気?」「ああ、えっと、まあ、平気です」「ごめん、すぐ出るから……わあ」中に入れば、女制服を身に着けた佐海くんが他の子に囲まれて、どうにも居たたまれないような面持ちでそこに立っていた。「文化祭で着るの?」「本当は良くん、着る予定なかったんですけど、一着余って勿体ないからって押し付けられちゃったみたいで……」「本当は嫌だったんですけど、断りきれなかったんです」「いいじゃん、ボクだってやったよ? 灰被り」「全っ然、よくない」当の佐海くんは本当に嫌みたいで、短い制服のスカートを握りしめていた。何より一人で試着してしまおうと思っていたところ、続々とこの部屋に人が集まってしまい、この有様らしい。実に災難な話である。佐海くんの為にも用事を済ませて部屋を出てあげよう、と思っていると、指揮官サンはどう思う? と尋ねられた。「え、何が」「何がって、佐海ちゃんの女装だよ! 似合ってるとか似合ってないとかあるでしょ」「えっ、ああ……」「指揮官さん、その、無理しなくていいですから……おい北村!」「ええー、そこは佐海ちゃん的にも気になるところじゃないの?」「なっ、ばっ」「あはは、佐海くん、顔真っ赤だね」光希くんに追い打ちをかけられた佐海くんは、完全に口を閉ざしてしまっていた。光希くんのそれは悪気がないから、正直たちが悪いのだ。だから佐海くんは、それをわかった上で何も言えなくなってしまったのだろう。完全にこの場の収集がつかなくなっているのは目に見えてわかることなので、いい加減に切り口を見いださなければならない。するとそこに、遠くから頼城くんが大きな声で霧谷くんを呼ぶ声が響いてきた。う、と酷く嫌そうな顔をした霧谷くんは、渋々といった様子で扉の前に向かっていく。「紫暮にまで見られたら、多分、もっと面倒くさくなる」指揮官サン、あとはなんとかして。そう言って扉の先へ向かっていくのを見送って、はてどうしたものかと考える。ひとまず佐海くんが着替えられるように誘導してやらねばならない。丁度話も途切れているのでそのまま着替えることを提案してやれば、ほっとしたように、そうさせてもらいます、と佐海くんは言った。倫理くんはつまらなそうにしていたけど、これ以上は佐海くんが少し可哀想だと思ったので、先程頂いたお菓子で勘弁頂くことにする。「それじゃあ佐海くん、俺たち先に出てるから」「あ、はい、ありがとうございます」佐海くんの面持ちは先程よりは明るく見えたので、とりあえずこれで大丈夫か、と安堵した。ひとまず一件落着だろう。正直に言えば、何も思わないわけではなかった。佐海くんは面持ちにまだ子供らしさがあるし、仮に髪の毛を結うだとか、化粧をするだとか、そういうことをきちんとしてしまえば、それはそれで、女子学生らしい姿になることは容易に想像がついた。俺は彼のことを好いているので、少しばかり色眼鏡で見ているかもしれないけれど。かなり恥ずかしそうにしていたのを見るに、下手なことは口に出すべきではなかった気もしていて、改めて、何もなくてよかったとため息をついた。切り分けたお菓子と用意したお茶を食堂に置いて、ひとまず仕事に戻らなければと執務室に入ると、そこには見覚えのある後ろ姿があった。「あれ、佐海くん」「わ! あ、す、すいません、勝手に」「いや、大丈夫……カステラは? 食べてないの」「ああ、えっと、もらいます、けど、その前に」お礼を言っときたくて。そう切り出す佐海くんは、先程みたいに頬を赤らめている。「さっき、気を遣ってああ言ってくれたんですよね。本当に、助かりました。ありがとうございます」「いやいや、大したことはしてないよ」よかったね、大事にならなくて。そう言えば、まあ、文化祭に来ちまえばバレちゃうんですけど、と困ったように笑っていた。それに関しては否定ができないので、そうかもね、と返すことにする。「でもなあ佐海くん」「はい」「俺的にはやっぱり、頂けないと思うよ」「あ、え、っと、さっきの格好ですか」「そう」あはは、そりゃあそうでしょう、気持ち悪いですよ、と佐海くんは言った。気の所為じゃないかもしれないが、少しだけ表情がぎこちなくなってしまっている。そういうつもりはないので、そうじゃなくてね、とあっさり否定してやると、へ? と間抜けな声をあげてこちらを向いた。「人気者になっちゃいそうだからね」「……はあ」「勿体ないな、いろんな人に見られちゃうんだもんなあ」「そりゃあ、文化祭だし」「まあ、そうなんだけど」かわいかったから、できることなら見せたくないんだよ。そう言って佐海くんの頭をぽんぽんと撫でる。ひどく顔が熱い。我ながら恥ずかしいことを口にしてしまった気がする。誤魔化しの効かないこの場で、ちらりと佐海くんの方を見てみれば、それはもう顔が茹だったように赤くなっていた。何言ってるんですか、指揮官さん、それもありえないでしょ、とあれこれ言ってくる姿を目の前にして、どうしようもなく愛しく感じてしまう。嘘じゃないって、といって抱きしめると、許しちゃいそうだから、やめてください、とくぐもった声が聞こえた。11月 18, 2019
「うわあっ」
寮内の一部屋へと入ろうとした途端、中から突如として放たれた大きな声に驚いて扉の外へうっかり逃げてしまう。すると、し、指揮官さん!? と佐海くんの驚いたような声が中から聞こえてきた。入っても平気か聞くと、歯切れ悪く答える側で、いいじゃん! 指揮官さんにも見てもらいなよ、と倫理くんの声も聞こえてきて、似合ってるから大丈夫、それはそれで問題だろ、とあれやこれやと会話が次々と飛び交った。どうやら中にいるのは一年生らしい。
「本当に入って平気?」
「ああ、えっと、まあ、平気です」
「ごめん、すぐ出るから……わあ」
中に入れば、女制服を身に着けた佐海くんが他の子に囲まれて、どうにも居たたまれないような面持ちでそこに立っていた。
「文化祭で着るの?」
「本当は良くん、着る予定なかったんですけど、一着余って勿体ないからって押し付けられちゃったみたいで……」
「本当は嫌だったんですけど、断りきれなかったんです」
「いいじゃん、ボクだってやったよ? 灰被り」
「全っ然、よくない」
当の佐海くんは本当に嫌みたいで、短い制服のスカートを握りしめていた。何より一人で試着してしまおうと思っていたところ、続々とこの部屋に人が集まってしまい、この有様らしい。実に災難な話である。佐海くんの為にも用事を済ませて部屋を出てあげよう、と思っていると、指揮官サンはどう思う? と尋ねられた。
「え、何が」
「何がって、佐海ちゃんの女装だよ! 似合ってるとか似合ってないとかあるでしょ」
「えっ、ああ……」
「指揮官さん、その、無理しなくていいですから……おい北村!」
「ええー、そこは佐海ちゃん的にも気になるところじゃないの?」
「なっ、ばっ」
「あはは、佐海くん、顔真っ赤だね」
光希くんに追い打ちをかけられた佐海くんは、完全に口を閉ざしてしまっていた。光希くんのそれは悪気がないから、正直たちが悪いのだ。だから佐海くんは、それをわかった上で何も言えなくなってしまったのだろう。完全にこの場の収集がつかなくなっているのは目に見えてわかることなので、いい加減に切り口を見いださなければならない。するとそこに、遠くから頼城くんが大きな声で霧谷くんを呼ぶ声が響いてきた。う、と酷く嫌そうな顔をした霧谷くんは、渋々といった様子で扉の前に向かっていく。
「紫暮にまで見られたら、多分、もっと面倒くさくなる」
指揮官サン、あとはなんとかして。そう言って扉の先へ向かっていくのを見送って、はてどうしたものかと考える。ひとまず佐海くんが着替えられるように誘導してやらねばならない。丁度話も途切れているのでそのまま着替えることを提案してやれば、ほっとしたように、そうさせてもらいます、と佐海くんは言った。倫理くんはつまらなそうにしていたけど、これ以上は佐海くんが少し可哀想だと思ったので、先程頂いたお菓子で勘弁頂くことにする。
「それじゃあ佐海くん、俺たち先に出てるから」
「あ、はい、ありがとうございます」
佐海くんの面持ちは先程よりは明るく見えたので、とりあえずこれで大丈夫か、と安堵した。ひとまず一件落着だろう。
正直に言えば、何も思わないわけではなかった。佐海くんは面持ちにまだ子供らしさがあるし、仮に髪の毛を結うだとか、化粧をするだとか、そういうことをきちんとしてしまえば、それはそれで、女子学生らしい姿になることは容易に想像がついた。俺は彼のことを好いているので、少しばかり色眼鏡で見ているかもしれないけれど。かなり恥ずかしそうにしていたのを見るに、下手なことは口に出すべきではなかった気もしていて、改めて、何もなくてよかったとため息をついた。
切り分けたお菓子と用意したお茶を食堂に置いて、ひとまず仕事に戻らなければと執務室に入ると、そこには見覚えのある後ろ姿があった。
「あれ、佐海くん」
「わ! あ、す、すいません、勝手に」
「いや、大丈夫……カステラは? 食べてないの」
「ああ、えっと、もらいます、けど、その前に」
お礼を言っときたくて。そう切り出す佐海くんは、先程みたいに頬を赤らめている。
「さっき、気を遣ってああ言ってくれたんですよね。本当に、助かりました。ありがとうございます」
「いやいや、大したことはしてないよ」
よかったね、大事にならなくて。そう言えば、まあ、文化祭に来ちまえばバレちゃうんですけど、と困ったように笑っていた。それに関しては否定ができないので、そうかもね、と返すことにする。
「でもなあ佐海くん」
「はい」
「俺的にはやっぱり、頂けないと思うよ」
「あ、え、っと、さっきの格好ですか」
「そう」
あはは、そりゃあそうでしょう、気持ち悪いですよ、と佐海くんは言った。気の所為じゃないかもしれないが、少しだけ表情がぎこちなくなってしまっている。そういうつもりはないので、そうじゃなくてね、とあっさり否定してやると、へ? と間抜けな声をあげてこちらを向いた。
「人気者になっちゃいそうだからね」
「……はあ」
「勿体ないな、いろんな人に見られちゃうんだもんなあ」
「そりゃあ、文化祭だし」
「まあ、そうなんだけど」
かわいかったから、できることなら見せたくないんだよ。
そう言って佐海くんの頭をぽんぽんと撫でる。ひどく顔が熱い。我ながら恥ずかしいことを口にしてしまった気がする。誤魔化しの効かないこの場で、ちらりと佐海くんの方を見てみれば、それはもう顔が茹だったように赤くなっていた。何言ってるんですか、指揮官さん、それもありえないでしょ、とあれこれ言ってくる姿を目の前にして、どうしようもなく愛しく感じてしまう。嘘じゃないって、といって抱きしめると、許しちゃいそうだから、やめてください、とくぐもった声が聞こえた。
11月 18, 2019