教室を見回したときにふと目に入った落とし物のハンカチ。それはそれはかわいらしくて、さすがに女の子の落とし物であると検討がつく。佐伯くん!と背後から呼ばれた声になるほどやはりこのハンカチの持ち主で、ありがとうなんてほんのり頬を染めて受け取って行ってしまった。頬を染めたところで俺には何もできないよ。そう思いつつ自然と下がる眉は相変わらず、俺は何もなかったのように席へと戻る。もしあの落とし物が彼の、亮のものだったら。そう想像したときに、いや、とかき消す。そんなことを思ってしまうからいけないのだ。現実から背けるように、授業開始のチャイムに意味もなく耳を傾ける。無機質な音が、鼓膜を響かせた。 昼休みになったとき、俺は先生の手伝いで廊下に出ていた。見覚えのあるものが落ちていて、多分それは亮のものと思われるハンカチで。トイレに行った時にでも落としたのだろうか。まさかほんとに、こんなことが起こるとは。今亮はどこにいるのだろう、と思うが探す気にもなれない。ただ今はぼうっとするだけで、つい先ほどのことがフラッシュバックする。頬を染めた彼女。亮は男で、俺をそんな目で見ていない。そう考えると、自然と眉は下がり、自分がおかしくて無情にも笑ってしまう。当たり前だろう、彼はそんな風に俺に興味を示していない。そう心の自分が言っているようで、なんだか胸がきゅうと締め付けられた。亮にあったときに返さなければと思いつつ制服のズボンにつっこみ、何もないという顔で歩く。教室へ戻った時にクラスメイトがお前顔色悪そうだけど、と指摘をしてきたのに対し大丈夫だよとなるべく悟られないように言葉を返す。なにもしていないのにまるで振られてしまったような気持ちに気づかぬ間になってしまっていたかもしれない。表情に出すなど、笑わせる。次の時間の準備をしつつ、微かに俺はまた、眉を下げて笑いをこぼした。 確かにこの世は素晴らしいと思うが、しかし時として世の中は残酷だと思う。俺はこんなに思い詰めているのに、きっとこの気持ちを露わにしたときに亮はあっさりとごめんの三文字を躊躇いながらも吐き捨てるのだろう。それを思うと窮屈に感じる。世の中とは、人とはあっさりと人の心を無下にする。しかしそんなことを考えてしまっては自分勝手でしかなくて、相手の気持ちなど考えてもいないことと同等なのだ。「そういえば、このハンカチ亮のじゃない?」「あっ本当だ」 落ちてたよ、というとありがとうと返ってくる。やはりあの女子生徒のように頬は染めることはなかったが、微かに感謝を滲ませた笑みがこぼれていて、俺は予想外だったなと素直に思った。今日の授業も退屈だった、今日のメニューなんだっけ?なんていうたわいもない話をして部室へ向かう。その横顔はいつも通り帽子のかげに隠れ、何を考えているかもわからない。俺は、何がしたいんだろう。亮をこんな風にみて、俺は、一体。「サエ」「ん、なに」「今日、顔色悪いけど」 大丈夫?と柄にもなく心配してくる亮に大丈夫だよと言いたかった。亮は意地悪だなあ。眉を下げて笑う俺に、はあ?親切の間違いだろと理不尽だとでもいいたいかのように言葉を投げる。亮はさ。なんだよ。好きな人とかいた時ある?そう聞くと、興味を示してなに、お前好きな人できたの?と聞いてくる亮はさっきとはまるで違う雰囲気をまとっている。そんな亮を制止させ質問を問うと、あるけど今は別にと答えを出した亮に対し、そう、とだけいって歩みを進める。亮は俺に好きな人がいるのかいないのかに興味をもっていかれているらしく、執拗に聞いてくる。亮がこんなに必死になって聞いてくるのが珍しくて面白い。「いるけど、教えない」「ふーん、まあ、そうだよな」「きっといったら終わるからね」 それってどういう、という亮をスルーし今日アサリの味噌汁のみたいなあと呟く。樹っちゃんに頼んでみようなんて考えて、亮のことを呼ぶ。なに、と返してきた亮に不意打ちで口づけをしてやる。お前ふざけるのも大概にしろよという亮に投げかけるのだ。ほらね、終わっちゃった。これまた亮は呆然と、しかしインパクトはあったらしい。彼の頬はほんのりと、赤く染まっていた。それをみて俺は口元が緩み、隠すように部室へと歩みをすすめるのだ。でも頭を冷やし考えれば、なんだただの条件反射にすぎないではないかと思い至る。本当に馬鹿だなあ。そして俺はまた、眉を下げ笑うのだ。9月 19, 2013 / joy
昼休みになったとき、俺は先生の手伝いで廊下に出ていた。見覚えのあるものが落ちていて、多分それは亮のものと思われるハンカチで。トイレに行った時にでも落としたのだろうか。まさかほんとに、こんなことが起こるとは。今亮はどこにいるのだろう、と思うが探す気にもなれない。ただ今はぼうっとするだけで、つい先ほどのことがフラッシュバックする。頬を染めた彼女。亮は男で、俺をそんな目で見ていない。そう考えると、自然と眉は下がり、自分がおかしくて無情にも笑ってしまう。当たり前だろう、彼はそんな風に俺に興味を示していない。そう心の自分が言っているようで、なんだか胸がきゅうと締め付けられた。亮にあったときに返さなければと思いつつ制服のズボンにつっこみ、何もないという顔で歩く。教室へ戻った時にクラスメイトがお前顔色悪そうだけど、と指摘をしてきたのに対し大丈夫だよとなるべく悟られないように言葉を返す。なにもしていないのにまるで振られてしまったような気持ちに気づかぬ間になってしまっていたかもしれない。表情に出すなど、笑わせる。次の時間の準備をしつつ、微かに俺はまた、眉を下げて笑いをこぼした。
確かにこの世は素晴らしいと思うが、しかし時として世の中は残酷だと思う。俺はこんなに思い詰めているのに、きっとこの気持ちを露わにしたときに亮はあっさりとごめんの三文字を躊躇いながらも吐き捨てるのだろう。それを思うと窮屈に感じる。世の中とは、人とはあっさりと人の心を無下にする。しかしそんなことを考えてしまっては自分勝手でしかなくて、相手の気持ちなど考えてもいないことと同等なのだ。
「そういえば、このハンカチ亮のじゃない?」
「あっ本当だ」
落ちてたよ、というとありがとうと返ってくる。やはりあの女子生徒のように頬は染めることはなかったが、微かに感謝を滲ませた笑みがこぼれていて、俺は予想外だったなと素直に思った。今日の授業も退屈だった、今日のメニューなんだっけ?なんていうたわいもない話をして部室へ向かう。その横顔はいつも通り帽子のかげに隠れ、何を考えているかもわからない。俺は、何がしたいんだろう。亮をこんな風にみて、俺は、一体。
「サエ」
「ん、なに」
「今日、顔色悪いけど」
大丈夫?と柄にもなく心配してくる亮に大丈夫だよと言いたかった。亮は意地悪だなあ。眉を下げて笑う俺に、はあ?親切の間違いだろと理不尽だとでもいいたいかのように言葉を投げる。亮はさ。なんだよ。好きな人とかいた時ある?そう聞くと、興味を示してなに、お前好きな人できたの?と聞いてくる亮はさっきとはまるで違う雰囲気をまとっている。そんな亮を制止させ質問を問うと、あるけど今は別にと答えを出した亮に対し、そう、とだけいって歩みを進める。亮は俺に好きな人がいるのかいないのかに興味をもっていかれているらしく、執拗に聞いてくる。亮がこんなに必死になって聞いてくるのが珍しくて面白い。
「いるけど、教えない」
「ふーん、まあ、そうだよな」
「きっといったら終わるからね」
それってどういう、という亮をスルーし今日アサリの味噌汁のみたいなあと呟く。樹っちゃんに頼んでみようなんて考えて、亮のことを呼ぶ。なに、と返してきた亮に不意打ちで口づけをしてやる。お前ふざけるのも大概にしろよという亮に投げかけるのだ。ほらね、終わっちゃった。これまた亮は呆然と、しかしインパクトはあったらしい。彼の頬はほんのりと、赤く染まっていた。それをみて俺は口元が緩み、隠すように部室へと歩みをすすめるのだ。でも頭を冷やし考えれば、なんだただの条件反射にすぎないではないかと思い至る。本当に馬鹿だなあ。そして俺はまた、眉を下げ笑うのだ。
9月 19, 2013 / joy