敬良
オレは悲しいことに、この目の前で寝息をたてて無防備に寝てしまっている過去の弟分にそういう想いを寄せていて、それを抱え込んだまま、ずるずるとここまできてしまっていた。あの真っ直ぐな眼差しは、昔から今の今までずっと変わらずそこにあって、それが少し眩しいと感じてしまうのは、我ながら目をそらすことができない、紛れもない事実だったし、目の前にいるのは、あいも変わらず何も知らない無垢な子供に違いなかった。何も知らない無垢な子供に対してなにかを施すというのは、背徳感の裏側に甘い蜜が含まれているようなものであって、その事態そのものは、例に漏れず自身を誘惑していた。子供とも大人とも言えない宙ぶらりんな状態で、オレは今、大事なものに手をかけようとしている。
さらりとした頬に触れた。閉じた瞳がふるりと震えたが、どうやら起こすことにはならなかったらしい。オレがこんなことしてるって知ったら、スッゲー嫌がりそう。想像しただけでむず痒い気持ちになる。ああやって突っかかってくるのは、嫌ではないから。
こいつがオレの名前を呼ぶのを、頭の中で反芻した。撫でていた指を止める。オレの頭の中にいる良輔が、オレにとっての引き金であり、オレにとっての安全装置だった。触れていた頬から手を離す。ギリギリのラインで誘惑に打ち勝った自分を褒めてやりたい。これはシャボン玉を自らの手で割ってしまうようなもので、つまり、ここでキスをしたら呆気なく壊れてしまうのだということを、中途半端なオレは理解してしまっていたのだった。残念ながらそれを壊す勇気はないので、まだこの距離に甘んじて、こいつにとっての最低な伊勢崎を演じてやろうと思うのだ。
11月 08, 2020