今起きていることがわからなくて、時間の流れが自分だけゆっくりになっている気がした。視界がぐにゃりと歪んで、 清光! という声でハッとした。不甲斐ない。反応が遅れた、いや、遅らされた。この呼びかけた目の前のこいつによって。戦場ならとっくに死んでいる。でもここは幸か不幸か戦場ではなかった。
いやだった? と不安げな声で呼びかけられる。いや、いや? いやじゃない。いやなわけがなかった。やさしい感触が唇に残っている。安定が俺に口吸いをしたのだと数秒遅れて気がついて、ついでに自分の顔が火照っていることにも気がついた。安定とはこの前、思いを通じ合わせたばかりだった。期待をしていなかったわけじゃない、だけど俺たちは存外いつも通りだった。だからなにも変わらない気がすると油断していた。動揺しているんだと自分でもすぐに理解できた。いやじゃないと口にすると、安定はほっとしたような顔をしていた。
俺たちはいつも一緒だった。いつも一緒なのが当たり前だったし、これからも一緒がいい、と、思っていた。ずっと、同じようでいたかった。その均衡は崩される。その選択をしたのは自分達だ。こういうとき、やっぱり人の身体は面倒だと少し思う。だけど同じくらい、このおもいが愛しかった。顔が火照るのも、やさしい感触も、胸のざわめきも、全部愛しくて、手放せない。
真っ赤だねと遅れていうお前に、俺はうるさいと返すことしかできない。でも、それでよかった。胸の内にあるすべてが雪崩を起こしてしまうのは、かっこ悪くてかわいくなくて、そしてなにより、お前にすべてが知られるのは、いっとう悔しいことだから。
ああもう、なんでお前なんだろう。ううん、きっと、お前じゃないと、このきもちは生まれなかったね。
2月 23, 2022