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No.32

a/o / 類司


 君の呼吸はやさしい海みたいだね。そう言いたくても司くんは起きてなかったから、喉の奥から出ることなく溶けて消えた。瞬きしたら見失ってしまいそうなくらい輝いているのに、静かな司くんは驚くほどに穏やかだから。まるで誰もいない波打ち際みたいに。あたたかな海、君の呼吸が僕の足を濡らしては引いていく。それの繰り返し。司くんは顔を近づけても起きなかった。呼吸はずっと規則的だ。僕は引き寄せられるようにして、頬に口づける。唇からあたたかい体温が流れ込んで、残った感触が少しずつ沁み込んでいく。
 口づけた部分から溶け出して、身体の一部にしてほしかった。そうしたら、司くんが振りまくちかちかと明滅する光になって昇華されたい。君の一部になって、そしてそのまま、空に消えたい。まぶたを下ろす。司くんが一人立つステージを想像して、スポットライトの下できらきらと瞬いては夜に消えていく星を見た。君に手を引かれて、僕も同じように、光となって。君のまぶたは上がらない。もうしばらくは、ひとりでここにいるよ。

8月 06, 2024