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No.6

あの丘で待ってる


 ほんとにささいなきっかけだった、どっちが会おうって言い出したのかもおぼろげなくらいには。なんでもないみたいに前を歩くヒロトの、結わえた後ろ髪がないことに心許なくなる。補助輪なしで自転車に乗ったときのこと、覚えてる?いつからああやって自然に乗れたんだっけ。乗りはじめのことなんて全部忘れてしまったみたいに、どうやっていつも話してたかを覚えていない。俺ばっかりが緊張していて、ヒロトは別に、なんてことないみたいにいつもどおりだった。

 別に緊張する必要なんてなかったけど、どうやったらもっと仲良くなれるのか、そればっかりを考えていたから。ううん、仲は良くて、ただそうじゃなくて、そうじゃなくてさ。いつもどおりにすることが、棘になって針になってナイフになっていくのが嫌だったから。相性は悪くない、別に、普通。ただ、そこにいるだけでばつが悪いような気持ちになったから。ずっと偽物の感触、のようなもの、だけ知っていて、それが本物になるのが後ろめたい。もっと知ってほしいのに、ほんの少しだけ、知らなくていいと思う。ただそれだけ。

 ぼうっと信号を待っていたら、ヒロトの声がやけに大きく聞こえたから、驚いて跳ねるみたいに反応した。ごめん、ぼーっとしちゃってた。はは、と乾いた笑いが出る。いつもどおりに振る舞えなくて冷や汗が出る。ヒロト、ごめん、嫌いとかじゃなくて、違うんだよ。頭の中で言い訳だけが巡っているうちに、緊張してる?ってその静かな声がまた響いて、らしくないなってすこし笑ったのが、小さい花びらが落ちるみたいだった。それを取りこぼさないようにそっとすくい上げて、その花びらの柔らかさに心臓がすっとする。俺は結構、会えて嬉しいけど。追い打ちをかけるみたいに言葉が降り注いで、あっけなく、ここに刃物なんかないと思い知らされる。ヒロトが言いづらそうに、だけど自然に、あくまできみらしい様子で言葉を吐くから、だから。ようやく呼吸ができた気がして、するりとこぼれ落ちていった。うん、俺も、嬉しい。

11月 18, 2024