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No.25, No.24, No.23, No.22, No.21, No.20, No.197件]

ダイユウ


 ダイゴさんがオレを呼んで、笑いながら近づいてくるとき、なんでオレに構ってくれるんだろうなって、そんなことを考えてた。ダイゴさんって、すごく忙しい人なんだ。オレがわかんないような話もたくさんするし、仕事であちこちに出回ったりしてる。それでもこうして合間を縫ってオレについてきてくれるのが、たまに不思議でしょうがなくなる。オレは楽しいけどさ、多分ダイゴさんから見たオレの楽しいなんて、これっぽっちも楽しくなくて、きっと全部、子供騙しに見えてるんじゃないかって。別にダイゴさんがそう言ってたわけじゃないけど、普通、そう思うだろ?きらきらした大人の世界にいるダイゴさんを考えるたび、あー、ぴったりだなって、そう思う。石の話をしてる時のダイゴさんは、ちょっと違うかもしれないけど。とにもかくにも、自分と同じ隣を歩いて、同じ目線で話をしてくれるのが、なんだか変でしょうがない。オレと一緒になって泥だらけになって笑っていたのを見た時、いつもの服がぐちゃぐちゃで、少しだけ居心地が悪くなったのを覚えてる。ねえダイゴさん、どうしてオレと一緒にいてくれるの?そんな質問もできないまま、今日はなにをしようかって笑いかけるダイゴさんに、オレは相変わらず、いつもの小さな世界を見せることしかできなかった。

3月 27, 2023

主♂N


 ふとした時に、Nは自分とは違って大人なのかもしれないと思うことがある。正確には、そうあるべきなのかもしれない、と思うんだ。自分よりも随分と大きい背が隣に並んでいるとき、Nのことを見上げては、まるで違う世界の人みたいにみえる。別に普段はそんなふうには思わないけれど、時折、本来あるべき様子と目の前のNがぐちゃぐちゃになって、アンバランスさに視界が歪む。パシオにはいろんな人がいるから、ずっと誤魔化されていたピントが少しだけ、くっきりと合うのかもしれなかった。本当は、きみとともだちになんかなり得なかったのかもしれないね。でもNがぼくの名前を呼んで笑いかけてくれるたび、ぼくはきみと対等なんだって簡単に錯覚できた。Nが何者であるかなんて、そんなこと考えなくたっていいって。ぼくはきみと同じ英雄で、きみはぼくのともだちだって、ただそれだけでいいって思えるから。不安定に並ぶぼくら、いびつかもしれないけど、きっとなにも、間違っていないよ。

3月 25, 2023

こどもの国 / 主♂N


 ほろり、と涙が流れた。どうしたのN、と聞けば、なにがだいと返ってきた。自分が泣いていることに気づいていないみたいだったので、泣いてるよとなるべく努めてやさしく言った。驚いた顔をしたNが顔に手をやり、自分の手がうっすらと濡れることでようやく気づいたのかちいさく本当だ、と漏らす。幸いにも周りに人はいなかったので、とめどなく溢れる涙を眺めていたぼくは無理しなくていいよ、と言った。声をあげて泣くことはなくただぽろぽろと溢れる涙をNが服の袖で拭う。あくまで論理的に、Nが今考えていたことをぽつぽつと話しはじめたので、ぼくはひとつひとつ話をきいた。Nは再会した自分の親について、ずっと考えているようだった。世界は白も黒もなく灰色に混じり合っているとわかって、こんな風に悩むことは人間らしいのだとそう言われて、時には苦しいけれど、こうしていることが悪いことだなんて思わないとNは言った。キミたちもいるしね、と笑うNをみて、ぼくは胸が痛くなる。自分で気づかず、涙を流していたのに?もしぼくがNと同じ立場だったら、どんな風に思うんだろう。Nはやさしいからそうあれるだけで、きっとぼくはNみたいになれないだろうな。でも今ここにいるぼくは、Nに笑っていてほしいと思ったから。かける言葉がない代わりにNのことを抱きしめたらNは驚いたみたいだけど、まもなくしてトモダチみたいだと的外れなことを言って笑っていた。ポケモンみたいでもなんでもいい。Nが笑ってくれるなら、なんでもいいよ。心配してくれてアリガトウとぼくのことを抱きしめ返してくれた部分がほんのりあたたかい。子供みたいに抱き合うぼくらに、やさしい風が吹いている。

3月 20, 2023

主♂N


 隣で横たわり眠っているNをみて、そのまま呆然と空を見上げた。Nがこのパシオにきてしばらくの時が経とうとしている。こういう頭が空っぽになったときは、あんなに探しても出会えなかったものだから、Nがいつかまたぱったりと姿を見せなくなってしまうのではないかとそんなことばかりがよぎった。隙を狙ったかのように、ぼくの頭はフラッシュバックする。ぼくたちは友達であることは確かだけど、互いを縛るほどの不自由な関係じゃない。ぼくは多分、また早口に勝手なことをいわれて、会えなくなってしまうことを勝手に想像して、寂しがっているだけだ。あれだけ念を押したからきっと次は、そんなサヨナラはないと思うけれど。やっぱり子供っぽすぎたかもしれないと思うこともある反面、あのときちゃんとはっきりいったことは後悔していなくて、ただそんなことを思ってしまうくらいには、掴めなくて風のように自由な存在にみえた。ずっとあの狭い部屋にいたのだとしたら、Nにとってそれは悪いことじゃない。

「でもやっぱり、会えなくなるのはさみしいね」

 次にNがパシオから旅立つ時、ぼくは笑って送り出さなければならない。ぼくだって同じだ。もっと広い世界をみてみたいから、きっと旅に出る。でもそれとは別に、Nともう一度会うことが難しいように感じるからこそ思うつなぎとめたい気持ちがあった。ぽつりと呟いた言葉が風に流され溶けて消える。Nが起きてないことをそっと確認すると、ぼくも同じように横たわった。高い空に自分のもやもやした気持ちが消えていくわけではない。子供っぽい考えが少しだけかっこわるくて、今度こそ笑われてしまうかもな、と思った。いや、Nは意外とそういうことを、笑ったりはしないかもしれないけど。わかるのは、折り合いをつけられないでいる子供が自分の中にいるということだけだった。

3月 11, 2023

グルハル


 いつでも、分かったようなふりをしている。相手は子供だから。ぼくに勝っても変わらずに純粋な眼差しを向け、ぼくの名前を呼んでいるのをみて、合点がいったように受け取って当たり障りのない態度をした。ぼくは一体、この子のことを。そう考えた時にハッとして頭を振り切ってなにもなかったように接した。雪山はいつ奈落の顔を見せるかわからない。彼と接している時も同じだと思った。分かったようなふりだけで、いつまで持ち堪えられるのだろう。いつかの事故みたいに、再起不能なまでにまた突き落とされてしまうかもしれない。足を踏み外すかもわからない。そういう緊張感が自分の中に存在している。ぼくの名前を呼ばないでくれ。嘘、本当は、もっとたくさん、呼んでほしい。ぼくは、この子のことが。

2月 03, 2023

きみのことが好きです / 類司

※死を示唆する描写

 誰もいない葬式場で、きみのことをそっと覗く。石みたいに硬くて冷たくて、もう熱をもつことのない身体。僕がきみの骨壷を持つことはない。僕はきみのなにものにもなれなかったから。僕はきみのずいぶん近くにいたけれど、それ以上でも、それ以下でもなかったんだ。ああ、僕はやっぱり、きみと最後を約束したかったのかな?最後の約束をしても、死んだきみの重さを知ることはないのだけれど。僕といる時間は楽しかったですか?僕はなにものにもなれなかったけれど、僕ときみの時間は、なにかであってほしいって、そう思うくらいならいいのかな。僕の瞳からとめどなく溢れるしずく、ふと人の六十パーセントが水でできていることを思い出す。これはきみへの花束で、永遠に枯れることのない、僕からきみへの光です。

9月 18, 2022

基緑


 オレたち、ずっとうそをついていたから。なにが本当なのか、わからなくなってしまってた。でも、彼らが繋いだボールも、姉さんが握ってくれた手のひらのあたたかさも、全部本当だったから。オレ、今ここに生きているんだって。ちゃんとそう思えたから。お前のことも、うそじゃないってはっきりとわかったよ。オレたち、ちゃんとつながっていたのに、すっかりはなれてしまっていたね。
 久しぶりに聞いた「自分」の名前もうそみたいに思えたけど、オレもおそるおそるお前の名前を呼んだ。うそじゃないって思いたかったから。きっと人の姿形をしていて、ちゃんと人のままでいるよ。そう思いたいと願って触れた手のひらはあたたかい。ああよかった、本当だ。

9月 18, 2022