text_top

No.11, No.10, No.9, No.8, No.7, No.6, No.57件]

安清


 今起きていることがわからなくて、時間の流れが自分だけゆっくりになっている気がした。視界がぐにゃりと歪んで、 清光! という声でハッとした。不甲斐ない。反応が遅れた、いや、遅らされた。この呼びかけた目の前のこいつによって。戦場ならとっくに死んでいる。でもここは幸か不幸か戦場ではなかった。
 いやだった? と不安げな声で呼びかけられる。いや、いや? いやじゃない。いやなわけがなかった。やさしい感触が唇に残っている。安定が俺に口吸いをしたのだと数秒遅れて気がついて、ついでに自分の顔が火照っていることにも気がついた。安定とはこの前、思いを通じ合わせたばかりだった。期待をしていなかったわけじゃない、だけど俺たちは存外いつも通りだった。だからなにも変わらない気がすると油断していた。動揺しているんだと自分でもすぐに理解できた。いやじゃないと口にすると、安定はほっとしたような顔をしていた。
 俺たちはいつも一緒だった。いつも一緒なのが当たり前だったし、これからも一緒がいい、と、思っていた。ずっと、同じようでいたかった。その均衡は崩される。その選択をしたのは自分達だ。こういうとき、やっぱり人の身体は面倒だと少し思う。だけど同じくらい、このおもいが愛しかった。顔が火照るのも、やさしい感触も、胸のざわめきも、全部愛しくて、手放せない。
 真っ赤だねと遅れていうお前に、俺はうるさいと返すことしかできない。でも、それでよかった。胸の内にあるすべてが雪崩を起こしてしまうのは、かっこ悪くてかわいくなくて、そしてなにより、お前にすべてが知られるのは、いっとう悔しいことだから。

 ああもう、なんでお前なんだろう。ううん、きっと、お前じゃないと、このきもちは生まれなかったね。

2月 23, 2022

類司


 類は馬鹿だ。大馬鹿者だ。オレのことを少しもわかっていない、大馬鹿者だ、と思う。お前のこと、どうして嫌いにならなきゃいけない? つくづく難しいやつだ。でも、それだけ慎重なのだとも思う。そこには同意してやろう。オレも、お前が嫌がることはしたくない。

 言うべきことこそ口にできないなんて、案外ままならないものだ。撤回しよう。お前だけじゃなく、オレもつくづく大馬鹿者なんだ。

 類は迷子みたいな顔でこちらの様子を窺っていた。類はずっと優しかった。今だって、触れた手つきは変わらず優しいままだ。ひどいものか、こんな、こんな。

 なあ類、オレは、ずっとお前に触れてもらいたかったよ。

2月 14, 2022

類司


 僕は司くんのこと、「  」だと思ってた。

 でもそうじゃなかった。そうじゃないから好きなんだ、わかるよ。こんなこと、わかってたはずだった。でもちゃんと自覚した途端、眩暈がするほど恐ろしくなって、耳を閉じたくなる。お前が好きだと言われるのも、気持ちを受け取れないと言われるのも、どちらも恐ろしかった。わがままだってわかってる。僕は司くんに言葉を渡した、渡してしまったのだ。だからその分、言葉を受けとらなければならなかった。与えられた分は必ず返す。天馬司はそういう人だと知っていた。

「司くん」
「気持ちは、ままならないものだね」

 何も受け取りたくない僕のことを、馬鹿なやつだと君は笑うだろうか。

2月 06, 2022

類司


 司くんを起こすために、まずはじめにパスワードが必要だった。目の前に並ぶ入力項目は残念ながらノーヒントで、僕には見当もつかない。こんなもの、もしかしたら誰にもわからないかもしれないけど、僕にとっては知った気でいたことが簡単に覆される心地だった。あんなに近くにいたとしても。近くにいるからこそ、気づかないのかもしれない。もし仮にこのパスワードが解けたら、キスをして目覚めを待つらしい。僕のキスでも起きてくれる? そうしたら、きっと君を一番に抱きしめることができるから。

7月 18, 2021

類司


 現実はそんなに甘くないらしい。忘れないでね、僕のこと。そうして夢の中で司くんに別れを告げるのが僕なりの悪あがきなんだけど、それも虚しく次の日には司くんは綺麗さっぱり忘れている。僕だけが覚えているなんて、なんだかすごく不平等だな。僕ばかりが、君のことを好きになってしまうことも。夢の中で出会う君が、僕と出会うことを心底驚くような反応も、翌日学校で出会った君が、夢も見ないほどの快眠だったことを告げるのもすっかり慣れてしまったけれど、それでも僕は心の中で、「せめて夢の中の君の記憶に残っていればいいのに」「この夢が、君と共有できていればいいのに」と思わずにはいられなかった。笑ってくれていいよ。だけど僕はそれくらい、君と心を通わせたいって思ってるってことさ。

2月 11, 2021

類司


 ひと粒、きらりと光る星が落ちた。瞬く間にその光は僕の手を取り、類! ときらきらと弾けるような声で名前を呼んだ。一緒に行こうと誘う手のひらは温かい。図々しくするりと入り込んでくるのに、こんなにも居心地がいいなんて、僕はすっかり、彼のとりこということなのだろう。ねえ司くん、もっとたくさん、楽しいショーがしたいね。そう一言いえば、当たり前だと笑う。振りまかれた星屑が、視界の端で瞬いている。

1月 27, 2021

敬良


 暗闇が嫌いだ。足がすくんで動けなくなるくらいには。恐ろしくってたまらないこと自体、隠してるわけじゃないけれど、その深い部分にある恐れに触れられるのだけはずっと避けてきて、多分みんなもなんてことないように思ってるはずだ、と信じている。だけど、深い闇の隙間から時折仄かな明るみがみえて、それを向けているのがお前なんだってわかるとき、居心地の悪さと、いいなと思う、他人事みたいな気持ちが思い浮かんでは消えた。ぼーっと見つめていると、お前は「お前にだよ」ってはっきり言うもんだから、何も変わらないね、と思わず口元が緩んでしまう。この馬鹿みたいにうずくまった姿を見せてしまったらどう思うんだろう。まあ、どう思うかなんて関係なく、できれば見せたくないんだけどさ。

1月 21, 2021