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No.12, No.11, No.10, No.9, No.8, No.7, No.67件]

やわらかな生 / 類司


 「生」は「死」に、そのまま土へと還ります。目の前の死を、僕は興味深く見ていた。いつまでそこにいるつもりだといいながら、司くんは目の前のやわらかくてふわふわした生き物に釘付けだ。生きていて柔らかくて小さいものは、誰も彼もがかわいらしいといい、僕もまたそれをかわいらしいと思う。ただもう少しだけ、そこにあることが当たり前かのような顔をして、目の前に置かれた箱の中の死を見ておきたかった。

 僕が死んだらどこに還るのだろう。僕が死んだら、棺桶に入り、そのまま焼かれ、灰になり、骨壷の中にすっぽりと収まって、こんなに小さくなってしまった、なんて言われてしまうのだろうか。僕の棺桶の中には、何を入れてくれるのだろう。入れてくれたものが、その小さな骨壷の中に、僕と一緒に、すっぽりとおさまってしまうわけだけれど。君と同じ墓に入りたい。だけどそれは、僕が、嘘であってほしい望みなので、できれば君の、大事な一部をください。なんでもいいよ。君の大事な、こころの一部が込められたものであるならば。

 気づいたら、いつのまにか司くんは僕の近くにいて、寒気がするといいながら僕の手を引き、展示場所から外へ出ようとしていた。犬を見に行くのかい、と聞けば、お前も犬を見ろと言った。少し怒っているようだった。嫌なら見なくてもよかったのに。そう言えば、お前がずっと見ているものだから、何かあるのかと気になったとこぼす。司くんは、ずっと律儀で真面目だ。苦手なものは見なくたっていいんだよ。

 司くん、僕が死んだら君の大事なものを棺桶にいれてね。やわらかくて、やさしく輝く、君の大事なこころを。そうしたら、僕もどこか還る場所へ、君と一緒にゆける気がするから。そんなことを思っているとはつゆ知らず、司くんはまた、やわらかいものに釘付けになっていて、僕はまた、こっそりと笑ってしまうのだ。

8月 04, 2022

安清


 今起きていることがわからなくて、時間の流れが自分だけゆっくりになっている気がした。視界がぐにゃりと歪んで、 清光! という声でハッとした。不甲斐ない。反応が遅れた、いや、遅らされた。この呼びかけた目の前のこいつによって。戦場ならとっくに死んでいる。でもここは幸か不幸か戦場ではなかった。
 いやだった? と不安げな声で呼びかけられる。いや、いや? いやじゃない。いやなわけがなかった。やさしい感触が唇に残っている。安定が俺に口吸いをしたのだと数秒遅れて気がついて、ついでに自分の顔が火照っていることにも気がついた。安定とはこの前、思いを通じ合わせたばかりだった。期待をしていなかったわけじゃない、だけど俺たちは存外いつも通りだった。だからなにも変わらない気がすると油断していた。動揺しているんだと自分でもすぐに理解できた。いやじゃないと口にすると、安定はほっとしたような顔をしていた。
 俺たちはいつも一緒だった。いつも一緒なのが当たり前だったし、これからも一緒がいい、と、思っていた。ずっと、同じようでいたかった。その均衡は崩される。その選択をしたのは自分達だ。こういうとき、やっぱり人の身体は面倒だと少し思う。だけど同じくらい、このおもいが愛しかった。顔が火照るのも、やさしい感触も、胸のざわめきも、全部愛しくて、手放せない。
 真っ赤だねと遅れていうお前に、俺はうるさいと返すことしかできない。でも、それでよかった。胸の内にあるすべてが雪崩を起こしてしまうのは、かっこ悪くてかわいくなくて、そしてなにより、お前にすべてが知られるのは、いっとう悔しいことだから。

 ああもう、なんでお前なんだろう。ううん、きっと、お前じゃないと、このきもちは生まれなかったね。

2月 23, 2022

類司


 類は馬鹿だ。大馬鹿者だ。オレのことを少しもわかっていない、大馬鹿者だ、と思う。お前のこと、どうして嫌いにならなきゃいけない? つくづく難しいやつだ。でも、それだけ慎重なのだとも思う。そこには同意してやろう。オレも、お前が嫌がることはしたくない。

 言うべきことこそ口にできないなんて、案外ままならないものだ。撤回しよう。お前だけじゃなく、オレもつくづく大馬鹿者なんだ。

 類は迷子みたいな顔でこちらの様子を窺っていた。類はずっと優しかった。今だって、触れた手つきは変わらず優しいままだ。ひどいものか、こんな、こんな。

 なあ類、オレは、ずっとお前に触れてもらいたかったよ。

2月 14, 2022

類司


 僕は司くんのこと、「  」だと思ってた。

 でもそうじゃなかった。そうじゃないから好きなんだ、わかるよ。こんなこと、わかってたはずだった。でもちゃんと自覚した途端、眩暈がするほど恐ろしくなって、耳を閉じたくなる。お前が好きだと言われるのも、気持ちを受け取れないと言われるのも、どちらも恐ろしかった。わがままだってわかってる。僕は司くんに言葉を渡した、渡してしまったのだ。だからその分、言葉を受けとらなければならなかった。与えられた分は必ず返す。天馬司はそういう人だと知っていた。

「司くん」
「気持ちは、ままならないものだね」

 何も受け取りたくない僕のことを、馬鹿なやつだと君は笑うだろうか。

2月 06, 2022

類司


 司くんを起こすために、まずはじめにパスワードが必要だった。目の前に並ぶ入力項目は残念ながらノーヒントで、僕には見当もつかない。こんなもの、もしかしたら誰にもわからないかもしれないけど、僕にとっては知った気でいたことが簡単に覆される心地だった。あんなに近くにいたとしても。近くにいるからこそ、気づかないのかもしれない。もし仮にこのパスワードが解けたら、キスをして目覚めを待つらしい。僕のキスでも起きてくれる? そうしたら、きっと君を一番に抱きしめることができるから。

7月 18, 2021

類司


 現実はそんなに甘くないらしい。忘れないでね、僕のこと。そうして夢の中で司くんに別れを告げるのが僕なりの悪あがきなんだけど、それも虚しく次の日には司くんは綺麗さっぱり忘れている。僕だけが覚えているなんて、なんだかすごく不平等だな。僕ばかりが、君のことを好きになってしまうことも。夢の中で出会う君が、僕と出会うことを心底驚くような反応も、翌日学校で出会った君が、夢も見ないほどの快眠だったことを告げるのもすっかり慣れてしまったけれど、それでも僕は心の中で、「せめて夢の中の君の記憶に残っていればいいのに」「この夢が、君と共有できていればいいのに」と思わずにはいられなかった。笑ってくれていいよ。だけど僕はそれくらい、君と心を通わせたいって思ってるってことさ。

2月 11, 2021

類司


 ひと粒、きらりと光る星が落ちた。瞬く間にその光は僕の手を取り、類! ときらきらと弾けるような声で名前を呼んだ。一緒に行こうと誘う手のひらは温かい。図々しくするりと入り込んでくるのに、こんなにも居心地がいいなんて、僕はすっかり、彼のとりこということなのだろう。ねえ司くん、もっとたくさん、楽しいショーがしたいね。そう一言いえば、当たり前だと笑う。振りまかれた星屑が、視界の端で瞬いている。

1月 27, 2021