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No.6, No.5, No.4, No.3, No.2, No.16件]

あの丘で待ってる


 ほんとにささいなきっかけだった、どっちが会おうって言い出したのかもおぼろげなくらいには。なんでもないみたいに前を歩くヒロトの、結わえた後ろ髪がないことに心許なくなる。補助輪なしで自転車に乗ったときのこと、覚えてる?いつからああやって自然に乗れたんだっけ。乗りはじめのことなんて全部忘れてしまったみたいに、どうやっていつも話してたかを覚えていない。俺ばっかりが緊張していて、ヒロトは別に、なんてことないみたいにいつもどおりだった。

 別に緊張する必要なんてなかったけど、どうやったらもっと仲良くなれるのか、そればっかりを考えていたから。ううん、仲は良くて、ただそうじゃなくて、そうじゃなくてさ。いつもどおりにすることが、棘になって針になってナイフになっていくのが嫌だったから。相性は悪くない、別に、普通。ただ、そこにいるだけでばつが悪いような気持ちになったから。ずっと偽物の感触、のようなもの、だけ知っていて、それが本物になるのが後ろめたい。もっと知ってほしいのに、ほんの少しだけ、知らなくていいと思う。ただそれだけ。

 ぼうっと信号を待っていたら、ヒロトの声がやけに大きく聞こえたから、驚いて跳ねるみたいに反応した。ごめん、ぼーっとしちゃってた。はは、と乾いた笑いが出る。いつもどおりに振る舞えなくて冷や汗が出る。ヒロト、ごめん、嫌いとかじゃなくて、違うんだよ。頭の中で言い訳だけが巡っているうちに、緊張してる?ってその静かな声がまた響いて、らしくないなってすこし笑ったのが、小さい花びらが落ちるみたいだった。それを取りこぼさないようにそっとすくい上げて、その花びらの柔らかさに心臓がすっとする。俺は結構、会えて嬉しいけど。追い打ちをかけるみたいに言葉が降り注いで、あっけなく、ここに刃物なんかないと思い知らされる。ヒロトが言いづらそうに、だけど自然に、あくまできみらしい様子で言葉を吐くから、だから。ようやく呼吸ができた気がして、するりとこぼれ落ちていった。うん、俺も、嬉しい。

11月 18, 2024

オーバーレイ


 少しずつ、カーテンを開けていくようなことをしていた。先が全く見えないほどに幾重にも閉ざされたそれを、刺激しすぎないように、慎重に。時折名前を呼んで、どうしたの、と返ってくる声に耳を傾ける。リクの声は相変わらずの調子で、なにかを隠している素振りさえ見せない。きみは隠すのが上手なようだったから、ほんのわずかに落とされた少しの違和感を、星屑を集めるみたいに拾っていった。空にかざすときれいに光るのが、きみの一部だってすぐにわかる。少しうらやましくなって、思わず目を細めてしまう。ずっと安心していいって言えなかった。すぐ近くの暗がりに、また足を踏み外してしまうのがこわかったから。でも、そろそろ言ってもいいんじゃないかって思ってるよ。
 電子を通さない身体で最後の層を開いて、俺と同じ、あまり変わらないきみの姿を見た。ヒロトの目は青いんだね。そう言ったきみの少しだけぎこちない笑みがこぼれ落ちる。重なった眼差しに拾い上げた光がうつって、また少しほんとうのきみを知る。やっとこっちを見てくれたね。

11月 13, 2024

ピルグリム


 距離が近づくとその分だけきみを知る。知った分だけ積み上がったそれを見つめて少しだけ嫌な気持ちになる。空を越えたらきみの近くまでいけるの?なにもないところできみの星だけが光る。仄かに瞬くそれがきみらしくて泣きたくなる。ほしいと思っちゃって、ごめんね。きみの傷を横目に見た。傷ついたつもりになって、また少し自分を嫌いになる。
 もしきみに触れたら、積み上がった足場を全部打ち崩してしまうから。きみの特別は奪わないから。だからもう一度、またあそんでね。それまで、そばにいることだけ許してね。

ピルグリム / 理芽 より

11月 05, 2024

信号だけ見つめた


 それじゃあ、とログアウトしていったきみがいた場所を呆然と見つめた。きみのログアウトのその先のことを、よく知らないままで時間が経ってしまったから、なにもいえずにこうして立ち尽くしてしまう。ログイン履歴で存在を確認する。生きているとか、死んでいるとか、そういう大げさな言葉を使ってそこにいるかいないかを判断する。ここは俺たちにとって本当だけど、現実ではないことを知っている。虚像の先の、ほんとうのきみを知りたい。わずかに揺れるきみの結わえた髪を追うみたいに、ドアノブに触れようとして、やめた。臆病だって笑われるかな。目の前の扉はまだ、開けられないまま。

10月 26, 2024

とっくに融けてる


 リクに一線を引かれていると気づいたのはいつだったか、はっきりとは覚えていないけれど、自分の足元からぴしり、と嫌な音がしたこと、それだけは鮮明に覚えている。ぜんぜん、きづかなかった。リクはみんなと同じ様に俺に接していたし、俺も変わらずにリクに接していたはずだった。揺れた瞳、わずかな一瞬に気づかなかったら知らないままだった。俺に触れるのは、そんなにこわい?
 引かれた線を見つめて、じっと、静かにその時を待っていた。俺ときみの呼吸しか聞こえないようなその時まで。きみの名前が空気に溶けたら、きみがこわばるような息を呑んで、まるであのときみたいにこちらをみつめていた。線を越えて、氷上の上を歩く。もう一度、きみの手を握るために。

10月 24, 2024

閃光


 きみがこちらをみるとき、眩い光が明滅してはばちりと目があい、俺をあっという間に貫いた。時折そうやって、鋭さをもって射抜くような目をしている。リクと目を合わせたその瞬間に、身動きがとれないほどの衝撃が走る。俺はたちまち、自分の立ち方がわからなくなった。自分の瞳に熱をはらんでいること、きみは気づいているの?ずっと敵わないなんて思いたくなくて、目をそらしている俺のことも。きみがまっすぐに俺の名前を呼んだ。触れたところから熱を帯びる。また、光が走る。

疾走する閃光 / fox capture plan より

10月 13, 2024