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No.41, No.40, No.39, No.38, No.37, No.36, No.357件]

深昏睡 / 原藤


 夢なんか見ないから、今起きてることが多分夢みたいなもんだって。自分で選んだことでも実感がないから、握る手のひらの感触もかじかんでなにもわからなかった。まったくあなたが誘ったのに上の空ですか。声が呼び水になって周りの音が聞こえるようになる、自分で用意したなんでもない部屋の縁側の、見える木の枝に鳥が止まってさえずりをする。シミュレートの中でまた実感のなさを積み上げて、悪い、とひとこと言う。

 やわらかな風が頬をなでるのが、しょうがないですねと言いながら隣にいて、その上で好きですよと投擲される言葉自体が、信用されきって寄りかかり、沈んでいくその身体が。

 夢みたいだな。空に溶ける声をすくって、僕らは夢なんかみないでしょと言葉を落とす。夢にしないでくださいよ。そうやって容赦なく心臓をなで上げる。手のひらが熱を帯びてきて、硬い指先の感触がする。隙間を縫って光が差した。そうしてようやく、まぶたをあげる。
2月 16, 2026

風景/回想Ⅱ / 原藤


「なんですか」訝しげな目を真向かいにほしかったんだお前の棘が

手のひらを少しひらいて「内緒ですよ」と笑うから胸に風穴

夢は見ないけれどもまぶたの裏側でおまえの左手を探す

陽の光にかざしてみたら星々のかけらが角度を変えて笑った

風景/回想 / 原藤


 隅の方で一人でいるのに、近づいて話しかけたらしょうがないと諦めるみたいに言葉を乗せるから、それがどうしようもなく心地よかった。ぽつぽつと言葉を交わすたび、脆く溢れるなにかが生まれる。それを拾っては手のひらの上で霧散する。平助が心を分けるたび、そうかと相槌をうちながら崩落しそうな城を眺めて、ひとさじの上に乗ったわずか光る霞を口に含んでしまえば、雪解けの春のような味がした。ほころびをもっとよく見せてくれ。陽の光にかざしてみたい。なあ平助、お前の話をきかせてくれよ。
11月 21, 2025

日記

脈拍 / 原藤


 柔らかな薄水の髪を眺めて、胸の中に抱え込むようにする。仄かに上がった気がする温度が自分の熱を流し込んでいるみたいだと錯覚して、このまま一つになりそうだと馬鹿みたいなことを考えた(この身体では、本当に一つになれるのかもしれないが)腕の中でまどろんだまま、原田さんは僕のこと見ていてくれますかと口にしたから、ずっと見てると言ってみる。うそでもうれしい。そう返した平助に嘘じゃねえよと言って、その柔らかな髪に顔を埋めた。
 見えない場所でうずくまっているその姿が見えている。平助はいつだって背筋が伸びていたから、伸びた背筋が密やかに身体を曲げたら、すくいとって大丈夫だと言ってやりたかった。ここにある、命のようなもの、がなくなるまでは。星の光となって散る様を眺めて、何度もその手を引いてやりたい。原田さん。原田さん、僕はここにいますよ。泣いてもないのに目元をひとすじなぞるから、涙がすべりおちようとする。沈黙は降る雪のようにやわらかい。まるで自分が幼子みたいで、俺は一言、わかってるよと言う。
11月 21, 2025

針葉樹林 / 原藤


 最悪ぼろ雑巾みたいにしてくれたって壊れやしませんよ。そうやって一つこぼしたら、苦い顔をしておまえは俺がそんなことをすると思ってんのかと言う。思ってませんけど、そうしたいなら許してしまうとはっきり言うと、随分と長く感じる沈黙があった。原田さんが静かでいるとき、風もなにもなくただそこで鎮座する林のようで、僕はざわざわと木々が揺れるのを待つことしかできない。好きなんです、原田さん、僕、なにされたっていいんですよ。
 そうやって思いながら待っていたら、原田さんはただ抱きしめて、んなこというなよと言った。閉じ込めるみたいにするから、苦しい、と言ったら、なにしたっていいんだろと言うものだから何も返せなくなってしまう。わかっている。僕の自由が委ねられているとき、原田さんならいともかんたんに僕の中を開くことができるのだ。でも結局僕のことをそんなふうにはしないだろうし、僕のことを食べてしまうのではと思ったときも、決して乱暴にすることはなかった。僕、原田さんのこと好きですよ。念を押して口に出したら、俺も平助が好き、と優しく撫でる。赤狼とか言われているのに細雪みたいな手つきだった。林の中で僕は背を預けて、ただゆっくりと瞼を下ろす。ああもう、僕の負けでいいですから。

11月 09, 2025

さまよう / 原藤


 一緒にいられることが嬉しかった。至極単純な話だ。あれから時間が経って、随分と隣にいる時間が増えていた。できれば近くにいてほしい。生きていた頃には存在しない、この感情のことを無視できない。いつの間にか生まれてしまったこいつを、どこに置いていけばいいかわからない。原田さん、と俺を見据えるあの真っ直ぐな目を見つめ返したまま、ここにいてもいいかと言えればよかった。真っ直ぐに見つめられるのがどうにも苦手だった、鋭く一等にかがやく星を見つけて、その奥で燻りゆらめく影をみて、それを一身に受けてなおこれを取り出して、お前が受け取っちゃくれねえかと、そんな風に言えたら。
 馬鹿ですね、原田さんは。どこかで平助の声が聞こえた気がする。本当、全くその通りだよ。

10月 27, 2025

待合室 / 原藤


 原田さん、と呼びかけてもめずらしく起きる気配がなく、せっかく部屋まできたのに寝ているなんてつまらないなとか、部屋に戻って読書でもして、しばらくしたら出直そうかなとか、いろいろ考えたけど、結局、じいとその寝ている姿を見ている。静かな部屋だ。寝息だって聞こえるかどうかわからないくらいで、勝手に原田さんの本質はここにあるんじゃないかと思い、かき消すようにすぐさま決めつけるのをやめた。一人でいるとき、原田さんはずっとこんな調子なんだろうか。僕に比べたらよく周りに人がいる人だと思う(人と関わるのが随分と上手だ)そう思うから、なにもないみたいだとこの部屋の静けさに、足の底が浮くような心地がする。いつだったか、僕が寝ている姿を原田さんが見ていたことがある。起きたときびっくりして、なにしてるんですか、と怯えたような声をあげて、原田さんは別に、といいながらどこか安堵するような様子だった。対して僕は、原田さんが寝ていても死んでいるとは思わないけれど。でもまあ、せめて悪い夢を見ないように、もうしばらくここにいてあげますよ、なんて。

10月 22, 2025