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No.17, No.16, No.15, No.14, No.13, No.12, No.117件]

fogbound

※ケーキバース/ヒロトがフォーク
pass

流線


 きみと歩く。指先で線をなぞるみたいに、いつもの遊歩道を辿っていった。この道をきみと歩いているのがなんだか不思議だった。誰とでも可能性はあるはずなのに、きみのことは良くも悪くも特別だったから。重ならないと思っていたのかもしれない。重ならないと思っている、のかもしれない。なんでもないことを話している。口先は軽いのに、なんとなくどこか重さを伴って歩いていた。きみへの「すき」は一筋縄じゃいかなかった。強く固く結ばれたそれを、奥にあるものを壊さないよう丁寧にほどいていく必要があった。きみは容赦がないように見えて、結構足音を立てない歩き方をする。靴の跡をおれに残さないようにするみたいに。そのやさしさがくすぐったい。輪郭をなぞられている。心臓にふれるきみの手が、脳裏に焼き付いて離れない。自分で許したはずなのに、きみと距離が近づくと自分でなくなる気がしていた。こんなに溶け合うなんて、知らなかった。

1月 26, 2025

luck


 夢をみた。ヒロトが森の中で横たわり、そのまま目を覚まさずに風に吹かれ骨まで砂みたいに飛ばされていってしまう夢。俺はどうすることもできずに触れることもなくただ呆然とそれを見ているだけだった。気がつけば夜空に流れ星がたくさん流れ落ちていて、それが隕石ではなく光の粒だということをすぐさま理解する。この粒がヒロトに当たっていたら、なにかの物語みたいに形を失うこともなく命を吹き返したのかな。そんなことを考えてももう目の前にはなにもないのだから、意味がなかった。気づいたら自分にそれが当たっていて、まもなく身体が光に包まれていく。なんで、俺ばっかり。

luck / Serph より

1月 20, 2025

トワイライト見せてよ


 最近、ヒロトとリアルで会うことが増えた。ほとんどとりとめのない理由で会っていて、用事が済んだらじゃあご飯でも、ぐらいの、本当になんでもない時間を共有する。東京まできてもらうこともあれば、俺が神奈川の方まで行くこともあった。そんなに近くもないのに赤レンガの建物とエールストライクが見慣れた景色になりつつあるのがなんだかおかしくて、それをヒロトに言ったら俺だってユニコーンのこと見慣れちゃったよと笑っていた。
 いろいろ話したいことがあるんだとはっきり言われてから、俺たちは互いのことをぽつぽつと話すようになっていた。今思えば、そのためになにか会う口実を作ってくれているのかもしれなかった。GBNじゃなくてリアルで会うのは、多分、ヒロトなりの「逃げないで」というメッセージなんだと思う。俺がそっちへ行こうとしない理由もわかってて、きみがいつもこちら側へ歩み寄ってきてくれる。そのことを理解するたびになんだか居心地が悪くて、ごめんと言いそうになる。なるべく普段通りに接してはいても、ずっとあの話が引っかかって自分から深く歩み寄る気になれなかった。
 QRコードから読み込んで友達登録をした、「クガ・ヒロト」のトーク画面をみた。一枚扉を開けてしまったあとのような、ゲームで後戻りのできないオートセーブが実行された時を思い出し、一瞬だけ手先の感覚が曖昧になる。明確にまた一つ許されたんだとわかって、少しだけきみのことがこわくなる。簡単に許さないでほしいって思うのは、おかしいこと?
 トーク画面に簡潔な「よろしく」の文字が送られてきて、「ヒロト」じゃなくて「クガ・ヒロト」から送られてきたと思うと妙に緊張した。俺だって「ミカミ・リク」の名前で登録してるけど。ダイバールックが装備なら、これはほとんど丸腰だった。返信できずにいたら、いいよあとで、とヒロトが言う。どきりとして、ぎこちない動きでスマホをしまう。嫌だった?って言うヒロトになんのことかわからなくて聞き返したら、連絡先交換するの、と言ったから、今更そんなこという?とかなんとか、頭の中を言葉が速いスピードで飛び交っていく。だけどヒロトのまつ毛が震えたのを見たら、それも静かに消えていった。多分きみも冷たい手をしているってわかったから。

1月 16, 2025

炉心融解


 結局リクの部屋にきてしまった。お風呂溜めたけど、入る?と聞かれて断ることもできずに笑ってうんと答える。身体を洗い、しばらくぼうとシャワーを浴び続けたあとに体温程度になった湯船に浸かる。浴室の音がやけに耳に響いて、寒くもないのに身震いした。
 ゼミの飲み会に参加して、その帰りにリクに無性に会いたくなった。俺が在籍しているゼミは10人にも満たない人数で構成されている。教授含め男しかいない飲み会も基本的には研究内容について話すことが多く、ゆるやかに趣味や大学生活の話へとうつるような雰囲気も含めて俺はこの会合を気に入っていた。今日も帰りの足取りは軽かったし、リクに会いたいと思うのも理由がなく本当に気分が良かっただけだったが、気分の良さとは対照的に会話がはずんだ勢いでアルコールをいつもより入れていたのはわかっていたから、意識はあるにしても酔っているという自覚があった。温度感の差を想像して熱が引き始める。今は会うべきじゃないな、とぼんやり思った。電車の中でまぶたが完全に落ちかけていたときリクから連絡がきて、おぼろげな視界の中で返事を打つ。リクの「よかったら会えない?」という言葉に対して一瞬指が止まったものの、わかっていたはずなのに断らなかったことを一駅過ぎたあたりで後悔した。リクが住んでいる街の最寄り駅で降り、雲行きが怪しくなってきた頭で見知った道を歩き、リクが出迎えた前でそんなに飲んでないんだと言って部屋に入った。先程の気分の良さなんかどこにもなく、俺は妙に緊張していて、普段どおりに見えるかをずっと気にしていた。
 わけもなく泣きたくなってきて、ぽたりと水滴が湯面に落ちて波紋を作る。なんで泣いてるんだろうと思っていると、水を入れる間もなくアルコールを入れていたことを思い出した。自宅に満たない程度によく見知った浴室であることが中途半端に自分の不安を煽っていた。そのとき、ヒロト?起きてる?と扉の向こうから声がしたので、起きてるよ、と返す。開けてもいいか聞いてきたのでそのまま了承したら、カラカラと音を立てながら扉が開いてリクが顔を出す。よかったあ、心配しちゃったよ。安堵の顔を向けるリクにごめんと笑いかける。そろそろ出たら、冷やしちゃうよと言って洗面所を出たいつもどおりのリクを見送った。ここが浴室でよかった。お湯か汗か涙なのかわからなくなるから。
 もしこのあと浴室を出て正直に思っていたことを話したら、リクはおそらくいつもの人懐こさで俺のことを受け入れ、仮に酔いから生まれたこの静かな不安を埋めるように抱きしめたり、近くにいてと言ったとしても咎めることはしないだろう。珍しいね、とかなんとか、そういうことを言って大人しく抱きしめられているし、言われるがままそばにいてくれる。布団にだって多分入れてくれて、心臓の音を子守唄にすることだって容易いのが目に浮かんだ。だけど今の状態が本当の自分なのか、にわかに信じがたかった。いや、間違いなく俺ではあるけれど、ありのままなのか曖昧なままでリクの前に立ちたくなかった。態度も、言葉も、俺のものなのかわからないのはいやだった。弱さを見せたくないだけかもしれない。本当は、考えたことがまぼろしで拒否されるのが嫌なだけかもしれない。リクのことになるといつまで経っても足がすくんで仕方がなかった。リクにきらわれたくない。
 思考が混濁してきた。浴室はすっかり冷え切り、俺はぬるま湯を通り越した液体から身体を浮かすのが億劫になっていた。ああ、もう、やっぱり来るんじゃなかった。

1月 5, 2025

ギブス


 きみは許してくれないかもしれない。だけど、俺にはなくてきみにはあるものを知っている。証明なんかいらないほどの光がそこにあるでしょう。そんなこと言ったら、多分、きみはやめてよっていうんだろうけど。
 俺が燃え尽きてもきみがいると言ったら案の定、やめてよ、と苦く悲しい顔をする。自分がいるからという理由で俺が一歩引くことに強い抵抗があるらしい。リクは律儀に俺との間に深い溝を作り、たとえ話でさえも俺が犠牲を払うことを嫌がった。そんなかんたんに消えやしないことをわかっていても。結局、今回の答えも悪手だった。
 リクにはいつもどおりに振る舞ってほしいのに、俺にはそれがとてつもなく難しいことのように思えた。どうしたらみんなみたいに話してくれるのかわからなくて、でもリクが嫌がるような強引な手段は使いたくない。リクが俺に向ける笑顔には、1ブロック分のスペースがある。互いに傷つかないための予防線。踏み込みを避けようとしているのは明白だった。
 リクの手のひらは強く握られている。データの向こうのきみはどれだけの力を込めているんだろう。リク、と声をかける。きみのことを信じているから、これだけ賭けるって言えるんだけど。俺の隣には立ちたくない?と言い終わる前に、そんなことないとすかさず返ってきた。リクは、ただ楽しくやりたいだけなんだ、とこぼした。ヒロトの楽しいを壊したくない。光の奥にある丸みを帯びたそれは、多分リクそのものだった。

1月 1, 2025

帳が下りたら


 きみの俺を呼ぶ声が眩しくて痛くて、羨ましくて、だけどそれがきみらしくてすきだった。触れたつもりのきみの手はなにも感じないのに、熱を帯びた気がして気恥ずかしい。ヒロト?と呼びかけるきみの声に、なんでもないって誤魔化してしまう。なんでもないことが特別みたいになるのがいやだった。だって、俺たちようやく友達になれたのに。
 まぶたを閉じる。暗がりの中にきみを探してみる。まぶたの裏のきみにごめんをいっても、どんな顔をしているか全然わからなかった。ひとりきりだ。でもそれでよかった。夜においておくから、拾わないでね。きみには見せてあげないから。
 いつかの入れ物みたいにガムテープで留めて、そのまま火にくべて燃やせたらよかった。でも結局、それもできずにまた眺めてしまうのかもしれないから。バックアップなんていらない。なんでもいいから、はやく息の根を止めてください。

12月 24, 2024