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No.35, No.34, No.33, No.32, No.315件]

待合室 / 原藤


 原田さん、と呼びかけてもめずらしく起きる気配がなく、せっかく部屋まできたのに寝ているなんてつまらないなとか、部屋に戻って読書でもして、しばらくしたら出直そうかなとか、いろいろ考えたけど、結局、じいとその寝ている姿を見ている。静かな部屋だ。寝息だって聞こえるかどうかわからないくらいで、勝手に原田さんの本質はここにあるんじゃないかと思い、かき消すようにすぐさま決めつけるのをやめた。一人でいるとき、原田さんはずっとこんな調子なんだろうか。僕に比べたらよく周りに人がいる人だと思う(人と関わるのが随分と上手だ)そう思うから、なにもないみたいだとこの部屋の静けさに、足の底が浮くような心地がする。いつだったか、僕が寝ている姿を原田さんが見ていたことがある。起きたときびっくりして、なにしてるんですか、と怯えたような声をあげて、原田さんは別に、といいながらどこか安堵するような様子だった。対して僕は、原田さんが寝ていても死んでいるとは思わないけれど。でもまあ、せめて悪い夢を見ないように、もうしばらくここにいてあげますよ、なんて。

10月 22, 2025

薄日 / 原藤


自分の中の記憶と
そう思われているのも当然だという
感情の形が
合わさりきらない
気持ちが悪い

鏡の前に 青白い顔をした自分の顔がある

わざと自分で毒を含んでしまえば
信じるよりも楽だった
あなたの触れた口づけが
存外弱く、かすかなものであったから
どうにもできなくなる
実は原田さんのことが嫌いで
なんてはずもなく
ただ僕のことを
誰かの一番の星にするということが
のみこんでいいことなのかわからなかった

ずっと、ほしかったのかもしれない

傷ついているから
傷口から漏れ出るゆらめきが
瞳から落ちるひと粒が
写した顔がぼやけてしまう
もうすっかり
なにも見えなくなってしまった

10月 19, 2025

情景 / 暁山瑞希


 ボクたちはなんでも知っていて、優しさに触れたところから花が咲いていくのがみえたから。ずっと言いたくなかった。花が咲いたら散っていなくなってしまうから。殺風景な雪景色、悴んだ手が霜焼けてあかぎれが滲む。酸化した赤が黒に変わる。変わらないままでいたかった。本当に、ボクはずっとそればかり考えていたんだよ。
 いつかの日、絵名の手が同じくらい冷たかったことを思い出す。ねえ、ここまでくるのはこわかった?傷だらけの手のひら、涙まじりに灯りがともる。つぼみが芽吹いて花がひらく。ボクらの春はここにあるから。見慣れた景色がボクを呼んで、涙がほどけてひかりに消えた。

12月 25, 2024

a/o / 類司


 君の呼吸はやさしい海みたいだね。そう言いたくても司くんは起きてなかったから、喉の奥から出ることなく溶けて消えた。瞬きしたら見失ってしまいそうなくらい輝いているのに、静かな司くんは驚くほどに穏やかだから。まるで誰もいない波打ち際みたいに。あたたかな海、君の呼吸が僕の足を濡らしては引いていく。それの繰り返し。司くんは顔を近づけても起きなかった。呼吸はずっと規則的だ。僕は引き寄せられるようにして、頬に口づける。唇からあたたかい体温が流れ込んで、残った感触が少しずつ沁み込んでいく。
 口づけた部分から溶け出して、身体の一部にしてほしかった。そうしたら、司くんが振りまくちかちかと明滅する光になって昇華されたい。君の一部になって、そしてそのまま、空に消えたい。まぶたを下ろす。司くんが一人立つステージを想像して、スポットライトの下できらきらと瞬いては夜に消えていく星を見た。君に手を引かれて、僕も同じように、光となって。君のまぶたは上がらない。もうしばらくは、ひとりでここにいるよ。

8月 06, 2024

スタカイ


 カイルに好きだっていうたびにはいはいとてきとうにあしらわれて幾度目、俺は本気だよっていうと彼女がいるのに本気になるなよと冷たい目であしらわれた。俺はてきとうなんか言ってなかった。カイルの呼ぶ声はいつも特別だったし、持ち前のキレた頭が活躍したときは誇らしかったし、カイルが隣で笑ってるのは嬉しかった。なあ、俺はさ、カイルが俺にとって特別であってほしくてさ。

 僕に好きだと言うくらいならウェンディにフェイスタイムでもなんでもしてやれとカイルは言う。正論だ。カイルはいつも、大体正しかった。でもそういうときほんの一瞬、ほんのわずかだけ覗く(ほんとうに、ほんとうにわずかなんだ)落ち着いた目線ににじむ拗ねた様子がお前のほころびみたいで、俺は、少しうれしいって思っちゃうんだよ。

5月 08, 2024