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敬良


 暗闇が嫌いだ。足がすくんで動けなくなるくらいには。恐ろしくってたまらないこと自体、隠してるわけじゃないけれど、その深い部分にある恐れに触れられるのだけはずっと避けてきて、多分みんなもなんてことないように思ってるはずだ、と信じている。だけど、深い闇の隙間から時折仄かな明るみがみえて、それを向けているのがお前なんだってわかるとき、居心地の悪さと、いいなと思う、他人事みたいな気持ちが思い浮かんでは消えた。ぼーっと見つめていると、お前は「お前にだよ」ってはっきり言うもんだから、何も変わらないね、と思わず口元が緩んでしまう。この馬鹿みたいにうずくまった姿を見せてしまったらどう思うんだろう。まあ、どう思うかなんて関係なく、できれば見せたくないんだけどさ。

1月 21, 2021

敬良


 どうして今オレの横にいるのはお前なんだろうなあ。やっぱり近くにいるべきじゃないって思うけど、なんだかんだオレはお前と出会えたこと自体は、後悔してないし、むしろ嬉しいんだよ。お前がオレと違ってずっと真っ直ぐで、あったかくて、陽だまりみたいなやつでさ。その暖かい部分を分けてもらえたとき、ジリジリとどこか焼けるみたいに少し痛かった。オレにはできないことをお前はできると思ってるんだけど、同じようにオレには持てないものを生み出せるから、それを受け取ると、悪い反応を起こしたみたいに、黒く焼けて塵になっちゃうんだよな。それでも離したいとは思わなかったよ。だってお前がオレのために分けてくれた部分だったから。嬉しかったなあ。でもオレばっかり嬉しくて、お前はきっと辛いだろうから。オレはどうしてもお前が悲しむようなことしか言えなくて、でも、それを曲げることもできないから。だからさ、ほら、やっぱり隣にいるべきじゃないんだよ。オレの横でぼろぼろ泣いてるお前をみてこんなことばっかり考えてるオレは、お前からしたら酷いやつなんだろうし、自分でもちょっと、冷めてるかもって思うよ。だけどそう思っちゃうからさ。思っちゃうことって変えられないよな。ごめんなあ良輔。オレ、お前にずっと、謝ってることしかできないかも。近くにいてやれなくてごめん。お前の思ったようにならなくて、ごめんな。あーあ、やっぱり、会わなきゃよかったのかなあ、オレたち。

11月 15, 2020

敬良


 自分勝手だ と思う。

 俺はあいつを引き止められるような言葉を知らなかった。何よりわがままだって思ったんだ。結局、近くにいて欲しいとか、そういうことをいうのは、あいつにとって2個下のわがままでしかないんだと思う。だから何も言えない。余計なことを考えるのはやめればいいのに、伊勢崎のあの顔を目の前にすると、突然足がすくんで何も言えなくなった。らしくないといえばらしくなかった。けれど俺は、多分あいつのことを知りすぎてて、知りすぎてるから、わからないことに何か踏み入ることを躊躇する、のかもしれない。本当はもっとわかってやりたかった。追いつこうとしても追いつけないし、追いついても、隣に立つこともなく、きっと知らぬ間にあいつを追い越している。俺は隣に立てない。決まりきってることなんだって今ならわかるよ。なあ、そうだよな、伊勢崎。

11月 08, 2020

敬良


 オレは悲しいことに、この目の前で寝息をたてて無防備に寝てしまっている過去の弟分にそういう想いを寄せていて、それを抱え込んだまま、ずるずるとここまできてしまっていた。あの真っ直ぐな眼差しは、昔から今の今までずっと変わらずそこにあって、それが少し眩しいと感じてしまうのは、我ながら目をそらすことができない、紛れもない事実だったし、目の前にいるのは、あいも変わらず何も知らない無垢な子供に違いなかった。何も知らない無垢な子供に対してなにかを施すというのは、背徳感の裏側に甘い蜜が含まれているようなものであって、その事態そのものは、例に漏れず自身を誘惑していた。子供とも大人とも言えない宙ぶらりんな状態で、オレは今、大事なものに手をかけようとしている。

 さらりとした頬に触れた。閉じた瞳がふるりと震えたが、どうやら起こすことにはならなかったらしい。オレがこんなことしてるって知ったら、スッゲー嫌がりそう。想像しただけでむず痒い気持ちになる。ああやって突っかかってくるのは、嫌ではないから。

 こいつがオレの名前を呼ぶのを、頭の中で反芻した。撫でていた指を止める。オレの頭の中にいる良輔が、オレにとっての引き金であり、オレにとっての安全装置だった。触れていた頬から手を離す。ギリギリのラインで誘惑に打ち勝った自分を褒めてやりたい。これはシャボン玉を自らの手で割ってしまうようなもので、つまり、ここでキスをしたら呆気なく壊れてしまうのだということを、中途半端なオレは理解してしまっていたのだった。残念ながらそれを壊す勇気はないので、まだこの距離に甘んじて、こいつにとっての最低な伊勢崎を演じてやろうと思うのだ。

11月 08, 2020

久矢


 つまりはそういうことだった。僕は多分またそうして矢後さんの死んでしまう未来をひたひたと想像してしまうことをやめられないのだと思う。僕が長い先のことを視ることはなかったとして、きっとそうしてその更新し続けている命を横目に、また一つ自分の中にある矢後勇成という男の命を消してしまうのだ。これは完全に僕の勝手極まりない悪い妄想でしかないことは僕自身も理解している。だけどそのいつかは必ずやってくるものなのだろうと僕は予見していた。突如として僕の目の前に現れ、そして今この隣にある命を本当に掻き消してしまうのだろうということについて、僕は少し、諦めに似た感情を持っている。

11月 08, 2020