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No.35, No.34, No.32, No.31, No.30, No.29, No.287件]

救心


 目を開けるとすぐ目の前にリクがいて、よかったあ、と言う。急に倒れたんだよ、本当によかった、としきりに言っては俺の手を包んでいた。触れている手のひらがふるえていたから、リクもこわいことがあるんだと人ごとみたいに見つめる。俺の意識がなくなってしまったら、そうやって手をふるわせながら冷たいからっぽの身体を包んでくれるのだろうか?リクをはかりたいわけではないけれど、それほどまで俺を気にかけてくれるのが不思議だった。反対の手をリクの手の上にかぶせてみたらこっちを見るから、リクのほうが大丈夫じゃないと言ったら、心配したんだよとこぼした。本当に傷ついてるんだ。なんて、さすがに言わないけど。

9月 28, 2025

楽園


 俺から見たきみが、数いるうちの一人だとか、特段特別ではないとか、つまりただのオンライン上の友達で、フレンド一覧にいるアカウントの一つにすぎないと考えているとか(もしくは、そこにさえ数えられているか怪しい、とか)そういう風に切り離されている。そんなわけないじゃん。きみが俺を複雑さを持って特別にしていることを知っている。きみはいつも、俺を遠くのなにかを眺めるみたいに見つめている。それを察するたび、なにもわかってない、と思う。

 きみの目の中に光がうつりこんでいる。その中には一体何が入っているのかと考えて、想像しただけでそうじゃないといいたくなる。否定してごめんね。祈りを手折る、虚像をかき消した、俺のことを見て、きみの手を引いてしまって、いやでも近くにいるって教えてあげる。

9月 16, 2025

沈黙


通り道の施設の庭に
咲いている
すずらんが揺れている
きみの声が
鼓膜をふるわせるのを思い出した
もしたとえば
きみがすずらんだったとして、
きみが俺を毒で殺してしまうのか
きみの手がまた自分の首をしめてしまうなら
否定してあげたかった
誰かのための手だって

すんとした空気が通り抜けて、
小さな痛みがきみのよう
なにも知らないみたいに
通り過ぎる
ぜんぶ
そうしたら、きっと
きみも自由でいられるね

5月 28, 2025

a while


 無防備なきみの姿を見ては、わずか長いまつげの整った形を視線でなぞる。少し目を離した隙に寝てしまったらしい。きみの寝顔を見るのははじめてだった。規則的な呼吸音に耳をすませる。すう、すー、と小さな音が聞こえてきて、ここにきみがいると改めて認識する。信用の音だ。許されている気がして、心地いいような気恥ずかしいような感覚で内側をなでられる。どんな夢を見ているの。俺の前でも、悪い夢を見ないでいられる?浅瀬でひとりきみが立ち尽くしていたとする。できればきみの手をとるのが俺であればいいのにって、俺も図々しくなったよね。みじろぎをしたきみがまぶたを起こして、ずっと眺めていた俺の視線と重なった。寝ちゃったって居心地悪そうに言うから、いいよ、と言う。きみが安全でいられるなら、なんでもいいよ。

5月 17, 2025

ブルーフレンド


 フレンドになってくれる?そう言ったきみの照れくさそうで少しだけ遠慮がちな姿がまだ記憶に新しい。俺は本当にうれしかったんだよ。一歩を踏み出す素振りだけできみは深く入り込んでこないと思っていたし、俺自身も自然に振る舞おうとして、きみと目を合わせるとその青さに飲み込まれてしまう。奥の奥のきみに少し近づけた気がした。そんなもの、実際はないのかもしれないけど。噛み合わなくて、途端に話ができなくなると風穴が空いたみたいに冷たい風が通り抜けていった。気づいたらきみのための場所ができている。勝手に遠ざけていたのは俺の方なのにね。いつか、もっとうまく話せるときがくるのかな。この前はごめんと言うきみの真っ直ぐさに手を伸ばした。青の中、きみが嬉しそうに笑っている。

5月 11, 2025

残されたもので話すよ


 ざあざあ雨が振り続けている。久しぶりに会えたから一緒にどこかへ行きたかったような気持ちと、部屋の中で向かい合ってプラモを組み立てているのが「らしい」と思う気持ちがごちゃまぜで、でもなによりヒロトが俺の家にいるのが変な感じがする。ユッキーを家にあげるのはなんてことないのに、今日は地面にぴったりと足がついていない。自分の家なのにそうじゃないみたいで、階段を滑り落ちないか少しだけ不安だった。
 自分が考えたことをかき消して目の前の作業に集中しようとするけどうまく行かない。ふと顔を上げたらコップが空になっているのを見つけたから、飲み物取ってくるねと言って席を立つ。空になったコップを無意味に洗って、ついでに自分の手も念入りに洗った。俺ばっかりが変になっている気がして恥ずかしくて、それを落とそうとするみたいに冷たい水に自分の手をさらす。今まで何度もヒロトだって俺と同じだってわかってきたはずだったのに、いつも自分ばかりが緊張している気がした。俺ばっかり変な理由はわかっているんだけれど。ヒロトが心を明け渡してくれるたび、自分の目の前で火花が散って消えていった。もう見えなくなればいい。蛇口を締めれば、近くの窓に水を打ち付ける音がする。俺にもそうしてくれたらいいのに。多分きみの前でも、普通でいられるから。

5月 3, 2025

潮騒


 吹いた風に潮気が混じる。ひらけた海の向こう側、なにも見えやしないのに。きみに昨日なんて言ったっけ。思い出せない。突き放すようなひどいことを言って、気がついたら現実世界に戻っていた。流された空白が責め立てる。足元の草花が風で擦れて小さな音を立てて消える。なんでかずっと、きみのことを考えてしまう。なにも知らないくせに。本当は、なにも知ろうとしていないのは俺の方だった。そういえば、きみの住む街にも海はあるのだろうか。きみのことをよく知らない。聞いたら教えてくれたのかもしれない。波の音がきこえる。きみにもこの音が聴こえる?そうやって聞けたらよかった。早く全部飲み込んでくれ。息をきみにあげてしまいたい。そうしたら、この波もきみのものにできるから。

4月 24, 2025